2024年4月29日(月)

田部康喜のTV読本

2020年6月11日

(Sean Pavone / gettyimages)

 NHK「路(ルウ)―台湾エクスプレス」(5月16日スタート全3回)は、台湾新幹線の開業に向けた国際的なコンソーシアムに加わった、日本チームの奮闘を描きながら、「台湾オリジナル」を追及する「台湾人アイデンティティ」を強く感じさせる傑作である。台湾の公共放送局との共同制作となって、台北や高雄などの舞台のロケが素晴らしい。

 原作は『悪人』などで知られる、吉田修一の『路』。脚本はヒロインのドラマを描かせては第一人者ともいえる、田渕久美子である。日本チームに加わった商社出身の多田春香役に波瑠を配して、台湾の俳優・歌手のアーロンが演じる、劉人豪(エリック)とのロマンスも絡めて見事な構成になっている。

 春香(波瑠)は、池上繁之(大東俊介)から求婚されていた。台湾新幹線が開業するまで待ってくれるように頼んで訪台する。いったんは、婚約指輪を受け取る。しかし、学生時代の台湾旅行で知り合った、エリックのことが忘れられない。別れ際にエリックから連絡先の電話番号を書いた紙を受け取りながら、失くしてしまい再会はかなわなかった。日本チームの拠点オフィスの台湾人女性スタッフがエリックのメールアドレスを探し出してくれて、ふたりは再会する。

 台湾中部大地震(1999年)では、台中出身だと聞いたエリックの安否をたずねて、春香は台湾を訪れていた。阪神・淡路大震災(1995年)では逆に神戸出身の春香を探そうと、エリックは現地を歩いた。

 台湾新幹線の運営主体である、台湾高鐵の運行担当副社長代理のレスター・王(梁正群・リャン・ジェンチュン)は、日本の新幹線のコピーではなく「台湾オリジナル」であることを繰り返し主張する。日本チームの技術コーディネート担当の安西誠(井浦新)は、安全性を考え抜いて設計した、日本の新幹線に対する自信から台湾高鐵の経営陣と対立を繰り返す。

 レスター・王は、こうも言う。「台湾新幹線は、台湾人の誇りになるものでなければならない」と。春香(波瑠)に対して、王は「日本人は、日本の新幹線に対する誇りから、上から目線で我々にものを言っている」とつぶやく。

 ドラマは、台湾の歴史的な存在について、深い洞察がある。ここでは、少しばかり脇道にそれて、最新刊の『台湾研究入門』(2020年、東京大学出版会)の論文集から、国立台湾教育大学台湾文化研究所教授の何義麟(カ・ギリン)氏の「台湾人アイデンティティ」を見てみよう。

 過去の歴史を振り返るとき、日本の統治下においてまず、知識層を中心として「台湾人」という概念ができあがったという。中国共産党との内戦に敗れて、台湾に逃れてきた国民党の圧政下のもとで、かつての日本の位置が国民党に置き換わる。大陸からやってきた漢人を「外省人」と呼び、もとからいた台湾人を「本省人」として溝が広がった。

 台湾の民主化が人々のアイデンティティを「台湾人」という認識に統一しつつある。「長年にわたる台湾の研究機関のアンケート調査によると、民主化以降、60%以上の台湾住民はすでに自分が台湾人だと考えるようになった。一部の人は華人あるいは中国人であり、同時に台湾人であるとかんがえているが、中国人を堅持する住民は1割以下となり、しかも減少傾向にある」と、何氏は指摘している。


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