日本人秘書が明かす李登輝元総統の知られざる素顔

2020年4月28日

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早川友久 (はやかわ・ともひさ)

李登輝 元台湾総統 秘書

1977年栃木県足利市生まれで現在、台湾台北市在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学卒業後は、金美齢事務所の秘書として活動。その後、台湾大学法律系(法学部)へ留学。台湾大学在学中に3度の李登輝訪日団スタッフを務めるなどして、メディア対応や撮影スタッフとして、李登輝チームの一員として活動。2012年より李登輝より指名を受け、李登輝総統事務所の秘書として働く。

学校でからかわれた小学生を庇うため、ピンク色のマスクをして会見に臨んだことでも話題になった台湾の鉄人大臣こと、陳時中氏。李登輝元総統の日本人秘書である早川友久さんは、日本教育を受けた陳時中氏の父親の存在を通して、「公」に尽くす鉄人大臣の素顔を読み解く。

写真:ロイター/アフロ

 台湾が新型コロナウイルスの抑え込みにかなり成功していることで、そのキーパーソンとして注目を集めているのが中央流行疫情指揮センター指揮官の陳時中だ。衛生福利部長(大臣に相当)を兼任する陳時中は、連日長時間にわたる記者会見でも「質問が出尽くすまで答える」と時間制限を設けていない。中国に滞在する台湾人ビジネスマンを乗せたチャーター便が台湾に戻り、検疫作業が行われた際には自ら現場に赴き「26時間眠らずに指揮をとった」とも報じられた。不眠不休で働く姿から、いつのまにかメディアでは「鉄人部長(鉄人大臣)」のニックネームで呼ばれるようになっている。

 李登輝はかつて総統として台湾の民主化を成功させたが、その原動力はなんだったのかと尋ねたときに「私が受けた日本教育」だと答えたことがある。つまり「人間生まれてきたからには、『私』ではなく『公』のために尽くすことに人生の意義がある」と徹底的に仕込まれたからこそ、自分はたとえ総統の地位についても私腹をこやすことなく、全力で公のために働こうという気概を持つことができたというのだ。

 陳時中が国民の生命と健康を守るため不眠不休で働く姿は、李登輝の私心を投げ出して執務に邁進する姿と重なってみえる。それもそのはず、陳時中が育った家庭も、日本時代に教育を受け、日本精神を学んだ父親の影響が大きかったと思えるからだ。

厳格な「鉄人大臣」が見せた人情味

 台湾政府は1月下旬に武漢のある湖北省在住者の入国を禁じた。そして早くも2月6日には全中国からの入国を禁止している。その後、対中国政策を管轄する、政府の大陸委員会が台湾人の中国籍配偶者と子供の来台を受け入れる方針を発表したが、陳時中は翌日、中央流行疫情指揮センターとしての強権を発動してこれを撤回させた。「台湾と中国どちらかの国籍を選ぶ際、中国の国籍を選んだ方には自己責任でお願いしたい」と述べ、あくまでも「台湾優先」で防疫政策を進める考えを示したのだ。「なぜ中国人配偶者まで台湾が受け入れなければならないのか」と国民から不満の声が多く上がっていたが、即時撤回を命じたことで、ネット上には陳時中を支持する声が溢れかえった。

 地元テレビ局のTVBSが3月26日に発表した世論調査では、蔡英文政権の支持率は60%を超え、陳時中の支持率にいたってはなんと91%という驚異的な数字を記録。早くも「次の台北市長に」という声さえ上がっている。陳時中が打ち出した感染防疫対策が功を奏していることは疑いのない事実であり、台湾の警告を無視したWHOでさえ、4月17日の記者会見で台湾の公衆衛生対策を『称賛に値する』とコメントしている。

 陳時中は厳格かつ冷静に出入国政策を進めていく一方、2月4日に中国の武漢から台湾に帰国した台湾人ビジネスマンの感染が確認されると、「感染された方はこれから大変だろう。しかし我々は必ず助けるために最大限の努力をする」と患者やその家族の苦労を思って落涙し、人情家の一面を見せた。

 自宅での隔離が求められた人に対し、台北市長の柯文哲は電子タグを装着させるべきだと主張した。自宅隔離を義務付けられながら、外出してしまい警察が捜索する事案が複数発生していたからだ。こうした声に対し、陳時中は「人間は豚ではないし、肉のかたまりでもない」と撥ね付け、「同情心にあふれた社会でなければこの問題は解決できない」と人心に訴えた。

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