2024年4月26日(金)

補講 北朝鮮入門

2020年6月29日

『労働新聞』も後継者扱いとまでは言えず

 『労働新聞』での扱いを見てみよう。北朝鮮は、朝鮮労働党が国家を指導する体制である(『王朝の性格強める北朝鮮憲法』)。党機関紙の報道は、国家運営の方針そのものを示すものだが、これを見ると現時点では「後継者説」には無理があるということになる。

 第一に、金与正氏の名前や発言が太字(ゴシック体)で表記されていないことを挙げられる。「偉大な」や「敬愛する」といった敬称が用いられることもなければ、日本語に訳せば「発表なされた」「指示をくだされた」となるような尊敬語も使われていない。2018年4月15日付『労働新聞』から、金正恩夫人の李雪主氏に対して「尊敬する」との敬称が付され、尊敬語が用いられるようになったのとは異なった扱いだ。

 金日成政権だった1980年代に後継者だった金正日氏の名前は太字で報じられ、敬称や尊敬語も段階的に導入された。金正日政権下での金正恩氏の扱いも同様であった。2人とも後継者と決まった後に一定期間は表舞台に出てこなかったので単純比較は難しいが、表舞台に登場して以降はそうだった。ちなみに金与正氏は、2014年3月9日に第13期最高人民会議代議員選挙の投票で金日成政治大学に訪れた金正恩委員長に同行した時から名前を報じられている。

 ここへきて「党中央」という言葉が『労働新聞』に登場してきたことに注目し、後継者説の論拠とされることもある。1974年に後継者となった金正日氏が1980年の第6回党大会で公式の場に出てくるまで「党中央」というコードネームで活動していたからだ。

 しかし、最近使われている「党中央」という言葉にそこまでの含意があるかは疑問である。6月18日付『労働新聞』1面に、そのような説を早々に打ち消す記事が掲載されたからだ。「党中央決死擁護精神」という用語を解説する記事の冒頭で、「党中央決死擁護精神、これは敬愛する最高領導者同志の身辺安全と権威、思想と業績を命を捧げてしっかりと擁護していくわれわれ人民の精神を反映した時代語である」とされた。「敬愛する最高司令官同志」とは、もちろん金正恩委員長を指す。そればかりか、「今日、敬愛する最高領導者金正恩同志を決死擁護するしっかりとした革命精神、党中央決死擁護精神」との表現もあり、党中央とは金正恩委員長であることを明示している。

 ただ、これまで長らく用いられなかった「党中央」という言い回しが目立つようになったことは事実だ。これが金正恩委員長以外の人物も含めた意味になるかについては、今後の推移を見守るべきであろう。 

 第二に、金与正談話が掲載されるのは常に『労働新聞』2面ということだ。1面には金正恩委員長の動静や彼を称える論評、経済ニュースなどが掲載されている。北朝鮮国民にはこの新聞を毎日読む義務が課されており、記事がどの面に掲載されるかはきわめて重要である。

 第三に、金与正氏の果たしている役割が限定的ということだ。現時点では韓国を非難する役割を担っているに過ぎない。他には金正恩委員長がトランプ大統領から親書を受け取ったことに謝意を表明する金与正談話が3月22日に発表された程度であるが、この談話は北朝鮮国内向けには報じられなかった。経済や軍事、さらには人事分野についての発言が明らかになったことは一度もない。国家事業全般を管掌する指導者のポジションではないということだ。

 金正恩委員長は、6月23日に開かれた党中央軍事委員会の第7期第5回会議予備会議で韓国に向けた軍事行動計画を「保留」とした。金与正氏が仕掛けた攻撃的な対南攻勢にストップをかけた形だが、あくまでも機関決定となっており、いまだ金正恩委員長の具体的な発言は報じられていない。

 金与正氏が緊張を高められるだけ高めたところで金正恩委員長が登場したのは、兄妹での役割分担だと見るべきであり、「後継者」には程遠い。金与正氏が「悪い警官」、金正恩委員長が「良い警官」という役回りをする可能性もささやかれている。

 金与正氏は、4月11日に党政治局候補委員に改めて就任した。2017年10月7日に就任したが昨年降格され、今回再昇格したものだ。30代前半の女性としては破格の抜擢であり、「白頭の血統」が絶大な影響力を有していることを誇示した。ただし候補委員は、金正恩を含む常務委員3名、政治局委員15名の下位に位置付けられるため、どんなに高く見積もっても公式序列は19位以下ということになる。後継者に指名されたのであれば、もっと順位が上がっていても良いはずだ。


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