2024年12月22日(日)

補講 北朝鮮入門

2020年6月17日

 6月16日14時50分に北朝鮮が開城工業団地内にある南北共同連絡事務所を爆破した。爆破の様子は6枚の写真とともに翌日付『労働新聞』2面から3面にかけて詳細に報じられた。連絡事務所は、2018年4月の南北首脳会談で署名された板門店宣言に基づいて同年9月に開設された。北朝鮮との対話を重視する韓国の文在寅政権にとっては、南北和解の象徴といえる建物だった。今回の行動は、複数回にわたって事前予告したうえで、人命に被害が出ない形で韓国政府に大きな衝撃を与えることを狙ったものだ。北朝鮮はさらに強硬な措置を示唆しており、文在寅政権への揺さぶりは続きそうだ。

 北朝鮮側は、韓国の脱北者団体が先月に「最高尊厳」=金正恩委員長を冒涜したビラを散布したことを理由に韓国への非難を強めている。しかし、それは口実に過ぎない。背景には北朝鮮内部にたまった不満があるのだろう。2018年6月に史上初の米朝首脳会談を行ったにもかかわらず、何ら成果が得られていないことへのいらだちと怒りである。

 だが、肝心のトランプ大統領は、11月の大統領選を控えて新型コロナウイルスや人種差別反対デモへの対応に追われている。停滞する米朝対話をすぐに動かせる状況にはない。だから今回は、仲介役として米朝会談を実現させたと喧伝しているにもかかわらず、米国の視線を気にして南北間で約束した支援すら実行できない文在寅政権への強硬策を取ったのである。

爆破された南北共同連絡事務所(YONHAP NEWS/アフロ)

次は開城工業団地の撤去や軍の再展開か

 今回の事態は、6月4日に金正恩委員長の妹である金与正党第一副部長が出した談話に始まっている。最初の金与正談話では、南北共同連絡事務所の閉鎖のほか、「開城工業地区(工業団地)の完全撤去」、「南北軍事合意破棄」も列挙された。

 開城工業団地は南北経済協力の象徴だったが、2016年2月に朴槿恵政権が閉鎖したまま放置されてきた。軍事合意は2018年9月の首脳会談の際に署名された「南北軍事分野合意書」を意味する。文在寅政権が最前線地帯の緊張緩和を実現する成果だとしているものだ。どちらも文在寅政権に与えるインパクトは大きい。しかも北朝鮮の決断次第でいつでも復旧、再開できるだけに使いやすいカードだ。北朝鮮が次に取る手は、こうしたものになっていくのだろう。

 爆破翌日の17日には軍総参謀部が軍事行動計画を発表した。2000年代前半までの韓国との合意に基づいて軍が撤退していた開城工業団地一帯と日本海側の金剛山観光地区に連隊級の部隊を戻すとともに、2018年の軍事分野合意書に基づいて撤収した最前線地帯の哨所の運用を再開させるなど軍事的な圧迫を強めていくとしている。時期については触れていないものの、ここまでの一連の措置が矢継ぎ早に取られてきたこと、この計画に盛り込まれた措置はいつでも元に戻せるものであることを考えると、近日中に実行される可能性が高い。6月25日の朝鮮戦争勃発70周年にも要注意である。

 6月に入ってから非常に速いスピードでの強硬策を取っていることや、6月12日の党統一戦線部長談話が「既に収拾できない状況に至った」と述べていることを見ると、北朝鮮は南北関係を完全な対決モードに切り替えたと見ることもできる。

 しかし一方で、事前に予告してからの爆破実行となっていることから、相手の出方を無視しているとも言い切れない。文在寅大統領に具体的な要求を出しているわけではないが、実際に求めているのは脱北者のビラ散布を取り締まったり、北朝鮮に経済支援を行ったりというレベルではないだろう。常識的には考えられないほど大胆な政治的決断を要求しているのかもしれない。

 米韓合同軍事演習の恒久的廃止や将来的なものであれ在韓米軍撤退につながる意思表明などは、北朝鮮にとって明確な「勝利」である。韓国がこんな要求を受け入れるのは現実には困難だが、これくらいのことがなければ北朝鮮の強硬策を止めるのは難しいように思われる。

 金与正談話が出された6月4日には、北朝鮮の李善権外相が李進軍駐朝中国大使と面会し、香港問題に「外部勢力が干渉するのは中国の主権と国際法に対する乱暴な侵害」だと言及している。他の場面も含めて、最近は中国への全面支持表明が目立つ。中国との関係強化は、南北関係と米朝関係の悪化を担保する「保険」のように見える。


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