補講 北朝鮮入門

2020年4月25日

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礒﨑敦仁 (いそざき・あつひと)

慶應義塾大学准教授

1975年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部中退。在学中、上海師範大学で中国語を学ぶ。慶應義塾大学大学院修士課程修了後、ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員、外務省専門分析員、警察大学校専門講師、東京大学非常勤講師、ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。慶應義塾大学専任講師を経て2015年から現職。共編に『北朝鮮と人間の安全保障』(慶應義塾大学出版会、2009年)など。

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澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、元ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15~18年論説委員(朝鮮半島担当)。18年4月から外信部長。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、『韓国新大統領 文在寅とは何者か』(17年、祥伝社)、『新版 北朝鮮入門』(17年、東洋経済新報社、礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著)など。訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。

 北朝鮮の金正恩国務委員長が手術を受けて重篤な状態にあるという報道が世界を駆け巡った。健康上の問題を抱えていることは想像に難くないし、北朝鮮のような国では最高指導者の健康問題は現実政治に大きな影響を与える。各国が情報収集に走るのは当然だろう。

(AP/アフロ)

 ただ発端といえるCNN報道から3日後の4月23日時点では、「健康上の問題はあったかもしれないが重篤というほどのものではないだろう」という見方が強くなっている。ここでは、今回の「重篤説」のような情報が出回った時に、いかに検証すべきかという視座を提供したい。

金日成、金正日の死去は事前察知できず

 最初に出た関連情報は、韓国の北朝鮮専門サイト「デイリーNK」が20日に報じたものだ。金正恩委員長が12日に平安北道・妙香山地区の一族専用病院で心血管疾患の手術を受けて静養中だという内容だった。平壌からも医師が大挙して現地入りしたが、術後の状態が良好なので19日に多くの医師が平壌へ戻ったと伝えていた。

 これだけなら世界が驚くというほどではないが、CNNはもっと踏み込んだ「ニュース」を流した。

 CNNは同日(日本時間21日)、米政府当局者の話として、金正恩委員長が手術後に「重大な危険に陥っているという情報がある」と報じたのだ。機密情報に詳しい別の情報源は「その情報を注視(モニタリング)している」と話したという。

 韓国政府は「重篤説」には否定的だったが、CNN報道は世界を駆け巡った。

 だが、「重篤説」は、時間が経過しても真偽確認が難しい。本人が元気な姿を見せれば誤報であることが明確になる「死亡説」とは違うからだ。本人が登場してきても、動静報道が途絶えた期間に病気だったかどうかが明かされる可能性は高くない。

 1980年代には当時存命だった金日成主席が銃撃されて「死亡」したという、ソウル発の大誤報が流れた。金正日委員長の死亡説も何回となく流布された。ただ、金日成、金正日とも本当に死去した時に事前察知した情報機関やメディアは皆無であった。

「金正恩健在」を示唆する外国への祝電

 体調不良説の根拠のひとつは、金日成誕生日(4月15日)に金正恩委員長が姿を見せなかったことだ。金正恩委員長は、祖父と父の遺体が安置されている錦繍山太陽宮殿への参拝を重視してきた。元日と2月16日(金正日誕生日)、4月15日(金日成誕生日)、7月8日(金日成命日)、12月17日(金正日命日)が参拝の節目であり、中でも4月15日には欠かさず行っていた。

 それなのに今年の4月15日に参拝したのは側近の幹部たちだけ。そして翌16日の『労働新聞』1面での扱いも違和感の残るものとなった。金日成、金正日父子の立像の前に金正恩委員長名義の花籠が供えられた紙面の半分近い特大写真の下に、幹部たちの参拝風景の写真が配され、全体ではページの3分の2近くを使っていたのだ。

 幹部たちの参拝ならもっと小さく載っていてもおかしくないのに、まるで金正恩委員長が参拝したかのような扱いだといえる。真相は不明ながら、金正恩委員長が参拝することを前提にスペースを取ってあったかのようだった。

 北朝鮮が14日に数発の短距離巡航ミサイルを発射した際にも、翌日の『労働新聞』は何も報じなかった。ミサイルや多連装ロケット砲の発射には金正恩委員長が立ち会うことも多く、その場合には翌日の『労働新聞』で大きく報じられることが通例だ。金正恩委員長が立ち会ったかどうか明らかにされないこともあったが、失敗したわけでもなさそうなミサイル試射を報じないのも最近では珍しい。

 一方で、北朝鮮をウォッチする専門家が「金正恩委員長は重篤ではない」と判断する根拠のひとつが祝電である。

 金正恩名義の祝電が、4月18日に独立40周年を迎えたジンバブエのエマーソン・ムナンガグワ大統領に、20日には還暦となったキューバのミゲル・ディアス=カネル大統領にそれぞれ送られた。さらに22日には、シリアのバッシャール・アル=アサド大統領が金日成誕生日に合わせて送ってきた電報への返電が金正恩名義で送られた。

 対比されるのが、金正日委員長が脳卒中で2008年8月に倒れた時のことだ。その頃、金正日宛の電報が報じられることがあっても、金正日名義の電報は発出されなかった。機会があるごとに友好国に電報を打つ北朝鮮としては、異例のことだった。

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