金与正氏を前面に、金正恩氏は後景に
今回の爆破は、6月9日の南北通信ラインの遮断に次ぐ第二の措置となった。一連の対南強硬措置における第一の特徴は、金正恩委員長の発言が紹介されていないことだ。
南北共同連絡事務所の爆破は、金与正・党第一副部長が「談話」によって予告しているが、金正恩委員長の発言は一切伝えられていない。
7日には金正恩委員長の「司会」で第7期第13回政治局会議が開催された。韓国にここまでの攻勢をかけるのであれば、政治局会議で議題に取り上げられそうなものだ。しかし、この会議を報じた北朝鮮の報道に南北関係への言及は皆無であった。
本当に大切な政策は金正恩委員長の言葉か、最低でも関与が明確になっていなければならないのに、それがない。そのため現時点では北朝鮮が対南攻勢でいかなる絵を描いているのかが分からない。金与正氏に強硬策を担わせていることは間違いないが、金正恩委員長といかなる役割分担がなされているのかは不明である。
金正恩委員長が出てくる時にありうる方向性は、両極端の二つだ。文在寅大統領との電撃的な対話で手打ちをするか、さらなる強硬策を繰り出すのか。文在寅大統領の対応次第であることを示唆することは、韓国側への圧迫手段でもある。
第二の特徴は、具体的な措置を予告することと、それを国内向けにも周知していることだ。3月3日にも青瓦台を口汚く罵った金与正談話が発表されたが、国内には周知されなかった。昨年10月から12月にかけて立て続けに発表された対米非難談話も一度として『労働新聞』には掲載されなかった。それらとは対称的である。
以下に、一連の北朝鮮側の談話や報道を簡単に紹介しておく。こうした公式報道を見るだけでも、多くのことが分かるものである。
(1)金与正朝鮮労働党中央委員会第1副部長談話「自ら災いを招くな」(6月4日)
6月4日に発表された「自ら災いを招くな」と題する金与正談話は、5月31日に脱北者団体が反北朝鮮ビラを散布したことに反発するものであった。この談話がそれまでのものと決定的に異なるのは、6月4日付の『労働新聞』にも掲載されたことだ。南北関係が悪化すると北朝鮮国民にも予告されたことになる。
談話は、ビラ散布を行った脱北者だけでなく、それを黙認した韓国当局にも批判の矢を向けた。文在寅大統領への名指し批判は避けたが、批判の中身は非常に辛辣で、「もともと悪行を働く者より、それを見ないふりをしたり、あおり立てたりする者の方が憎い」とまで述べている。
2018年4月の板門店宣言には、「軍事境界線一帯で拡声器(宣伝)放送やビラ散布をはじめとするあらゆる敵対行為を中止」することが明示的に盛り込まれている。同年中に3回も南北首脳会談を重ねたにもかかわらず、合意事項を遵守していないのはどういうことなのかという不満である。
この談話では、「南朝鮮当局は遠からず最悪の局面まで予測しなければならないであろう」とも言及し、韓国側が「応分の措置」を取らないならば「無駄に見捨てられている開城工業地区の完全撤去になるか、あってもうるさいことしかない北南共同連絡事務所の閉鎖になるか、あってもなくても変わらない北南軍事合意の破棄になるか、とにかく十分に覚悟はしておくべき」としていた。爆破から12日前のことである。
『労働新聞』では、この談話に対する「反響」が数多く掲載されている。6月6日に5件、7日に11件、8日に7件、9日に6件、10日に2件、11日に1件と連日続いた。そのため韓国メディアを中心に金与正氏の台頭ぶりに注目が集まったが、「金与正」という名前が出たのは6日と9日にそれぞれ1件ずつあっただけ。それ以外は「第一副部長の談話」という形だった。他の人物と比較して破格の扱いではあるが、金正恩委員長と同格という程ではない。