チャイナ・ウォッチャーの視点

2020年7月9日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

大陸のカネが香港人の財布を潤す

 香港にやって来て不動産から高級腕時計の類までを爆買いし、非文明的で傲慢極まりなく振る舞う「大陸客(ちゅうごくじん)」を、「香港人」は蔑み嫌う。だが、彼らが手にする人民元の札束が香港経済を刺激し、回り回って「香港人」の財布を潤す。共産党政権下の「大陸(ちゅうごく)」で忍従生活を強いられてきた人々は、自由で豊かな生活を満喫していると思い込み香港に憧れ、羨み、そして嫌悪する。遥かに遠い祖先は同じはずなのに。

 これが香港の現実なのだ。

 であればこそ民主化は香港の混乱を解決する特効薬ではないのだ。香港社会が抱える錯綜する数々の矛盾を、一瞬のうちに解きほぐす便法など簡単には見つからない。たとえ独立という劇薬を用いたとしても、である。

 2014年の「雨傘革命」に立ち返って考えるなら、主要な経済人は「香港人」という立場よりビジネス、有態に表現するなら家業(ファミリー・ビジネス)を選んだ。《経済》は《民意》を選びはしなかった。であればこそ若者の《民意》は空回りを余儀なくされたのだ。

 じつは「雨傘革命」における街頭占拠の現場で筆者が若者たちに声を掛けた際、例外なく経済の民主化、いわば「地産覇権」「財閥独裁」が抱える問題に全くと言っていいほどに関心を示さなかったことに驚いたことを覚えている。彼らには経済の民主化と言う問題意識が欠如していた。

 昨年6月以来の激しい街頭行動を伴った一連の反中・民主化運動に対し、2014年に北京に馳せ参じた「愛国商人」たちは個人としても集団としても態度を表明しなかった。

 2014年には「愛国商人」の先頭に立った李嘉誠にしても、昨年8月に新聞各紙に意見広告を掲載したものの、内容は曖昧模糊としたもので、習近平政権を牽制しているとも、あるいは激しい街頭行動を諌めているとも受け取れた。《政治》と《民意》の激突を前にして、どうやら洞が峠を決め込んでいたということだろう。

 だが、新型コロナで延期された全国人民代表大会で「香港版国家安全法」制定の可能性が出て来るや、「地産覇権」「財閥独裁」の“張本人”である「愛国商人」たちが動き出した。

「財閥独裁」の根幹であり最大の受益者

 李澤〓(金+巨)長和集団主席(李嘉誠長男、全国政治協商会議常務委員)、郭炳聯新地集団主席(全国政治協商会議委員)、李家傑香港恒基兆業集団主席(全国政治協商会議常務委員)、鄭家純新世界集団主席が、共に「『香港版国家安全法』は香港の安定と『一国両制』の確立に寄与し、国際金融センターとしての香港の地位を強固にする」と表明した。じつは彼らこそ、「地産覇権」「財閥独裁」の根幹であり最大の受益者なのだ。

 全国人民代表大会で「香港版国家安全法」制定方針が決定される前日の5月27日、李嘉誠は中国系紙『文匯報』『大公報』紙上で、「どの国も国家の安全問題に責任を持つ。法案通過に依って香港に対する中央政府の疑念を解き、香港人の『一国両制』に対する信頼度を固めるべきだ」と、「愛国愛香港の商人としての責任を果たす」ことを表明している。

 香港の「愛国商人」による中央政府支持が明かになったからだろうか。5月末になると、梁振英前行政長官がフェイスブックに、「HSBCなどイギリス系企業は which side of the bread is buttered を知っているはず。香港版国家安全法を支持しないなら、いずれ中国系銀行が取って代わるだろう」と強硬意見を綴った。全国政治協商会議副主席を務め北京政界で一定の役割を担う一方、一貫して秘密共産党員の噂が絶えない梁であればこそ、彼が習近平政権の意向を代弁していると考えても、あながち間違いはないだろう。

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