武漢発の新型コロナウイルスは一向に衰える気配を見せない。アメリカ医学名門のジョンホプキンス大学付属CSSEが発表する「新型コロナウイルス感染マップ」によれば、世界全体で感染者数は150万人に、死者は9万人に近づいている(4月9日午前4時半現在)。
猛威という形容が陳腐に感ぜられるほどの猛威だ。
ASEAN(東南アジア諸国連合)で最後まで「感染者ゼロ」とされていたラオスとミャンマーの両国政府が、3月末から4月初めに掛けて相次いで感染者確認を公表した。これによって被害状況に濃淡の差はあるものの、ASEAN10カ国全てに感染被害が拡大したことになる。
各国指導者はテレビを通じて国民に直接訴える。たとえフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領は4月1日、「封鎖隔離措置に違反した場合は、直ちに射殺」と超過激な姿勢で国民に注意を喚起した。さすがにドゥテルテ大統領である。エープリル・フール(4月1日)は通じないはずだ。国民としても命を粗末するわけにはいくまい。
4月3日、シンガポールのリー・シェンロン(李顕龍)首相は「国を挙げて耐えることで新型コロナ禍を封じ込めよう」と国民に忍耐を求めた。これまでもテレビで国民向けの演説を重ねているが、さすがに今回は国民に相当の忍従生活を求めるだけに真剣度が違っていた。
感染状況、さらには政府の取り組みや国民の対応に差異は見られるが、当分の間、ASEAN各国政府は共に内政の重点を新型コロナウイルス封じ込めに置かざるを得ないはずだ。そこで問題になるのがソフトとハードの両面にわたる医療態勢、さらには経済活動面での耐久力である。
かりに国としての経済活動が危機に瀕したら、新型コロナウイルス対策どころの騒ぎではなくなる。この点に関しては、シンガポールを除いたASEANの他の9カ国は甚だ心許ないとしか言いようはなさそうだ。
習近平政権の動きは急
そこで注目されるのが、自らは逸早く新型コロナウイルス制圧に成功したと内外に向けて喧伝する習近平政権の動向である。新型コロナウイルスに翻弄されている日本や欧米などG7諸国の虚を衝くかのように、習近平政権は「友好」や「人類運命共同体」を錦の御旗に掲げてASEAN諸国への医療支援――あたかも「新型コロナウイルス外交」とでも呼ぶべき外交攻勢――を打ち出し始めた。
3月10日に習近平国家主席が武漢市を視察し、中国における感染状況が小康状態に入ったことを内外に向けてほのめかすようになった3月半ば以降、習近平政権の動きは急だ。
3月21日、ウイルス検出試薬(10万人分)・医療用マスク(10万枚)・医療用防護服(1万着)を含む援助物資が中国からマニラ空港に到着し、フィリピン側に渡された。譲渡式典に参加したフィリピンのテオドロ・ロクシン外相は、「中国の援助に感謝し、新型コロナウイルス対策という困難な時期であればこそ関係諸国が協力すると同時に、中国における成功体験を学ぶべきだ」と語っている。
3月23日、中国国家衛生建設委員会が広西チワン族自治区衛生建設委員会から選抜した7名の専門家チームが、マスク・医療用防護服・サーモグラフィーを含む総重量8トン余の医療物資を携えてカンボジアのプノンペン国際空港に到着した。中国がASEAN諸国に派遣した医療援助チームの第一陣である。
到着早々、一行は医療現場に急行し治療と並行して、現地医療スタッフに対する教育・訓練を施している。報じられるところでは、一行の活動の重点はカンボジア最大の港湾都市であるシハヌークビルに置かれたようだ。それというのも同地には中国、日本、韓国、さらには欧米などから170余の外国企業が進出するなどヒトの国際移動が頻繁であり、万全な防疫システムの構築が急務だからだろう。もちろん一行は、現地の華人系住民にも対応することを打ち出す。
3日後の3月26日、中国からの医療用防護服やマスクなどの医療支援物資がミャンマー最大都市ヤンゴンの国際空港に到着し、陳海駐ミャンマー中国大使からミャンマー衛生・スポーツ省側に引き渡されている。その際、陳大使は「中国からの医療人材の派遣を積極調整中である」と語り、中国からの専門家派遣が近いことを示唆した。
3月29日、雲南省疾病センター・雲南省第一人民医院・雲南省省中医院などから選抜された12人の感染症対策専門家チームが、412万人民元相当の医療物資を携えてラオスのヴィエンチャン空港に到着した。この派遣は、ラオスからの依頼を受けた雲南省政府が北京の中央政府に打診し、両国共産党中央の関連部門の協議を経て実現したと伝えられる。
駐ラオス中国大使館によれば、これまでに中国は防護服5000着に加え多くの医療器材を援助しているほか、ネットビジネス巨人である阿里巴巴集団の創立者・馬雲(ジャック・マー)の名前を冠した馬雲公益基金会からも2万セットの感染検出試薬も送られているとのことだ。
隣国タイの華字メディアは、中国側の一連の対応に関して姜再冬ラオス中国大使が(1)武漢における新型コロナウイルス問題が発生するや、ラオス人民革命党中央委員会のブンヤ・ウォーラチット書記長(兼国家主席)が習近平中国共産党総書記(兼国家主席)に、トーンルン・シースリット首相が李克強首相に、それぞれ慰問電を送った。(2)その際、中国の的確な対応を高く評価すると同時に、ラオス人民は兄弟である中国人民と共に難局を克服することを希望した。(3)中国が最も困難な局面に直面していた際、700万足らずの人口で名目GDPが200億ドル前後のラオスが、70万ドル相当の援助物資を贈ってくれた――と語ったと報じている。