チャイナ・ウォッチャーの視点

2020年4月11日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

「労働人民の国際連帯と友誼」

 1978年末の対外開放前後、鄧小平は「党と党の関係は、政府と政府の関係に優先する」との原則を掲げ東南アジアを訪問している。現在とは大きく異なり、当時の中国の大方針は政治(=革命)だった。であればこそ、相手国政府との友好関係よりは、その国で武装闘争を中心に反政府活動を継続・展開する親中国系共産党への支援を最優先していたわけだ。

 その後、中国は国政の大方針を政治から経済へと劇的に転換させ、経済大国への道を歩み出す。そこで「政府と政府の関係」にとって不都合極まりなくなっていた「党と党の関係」は、非情にも切り捨てられてしまった。かくて中国のAEAN外交は「政府と政府の関係は、党と党の関係に優先する」へと逆転したのである。だが21世紀の20年代のトバ口に立つ今になって、遠い昔の革命外交を思い出させるような“古い歌”を姜再冬大使の口から聞かされようとは意外だった。だが、この辺に習近平政権の意図が隠れているようにも思われる。

 実はラオス国内で精力的に進められていた一帯一路関連工事は、新型コロナウイルス感染が武漢市を中心に爆発的拡大をみせたことから一時中断されていた。だが、2月に入った段階で早々と再開されているのである。この事実と姜再冬大使の発言を重ね合わせるなら、習近平政権は東南アジア大陸部において、一帯一路をテコに“新たなる革命”に踏み出したと見做さざるを得ないようだ。

 3月29日、ミャンマー保健当局は10人目の新型コロナウイルス感染者確認を明らかにした。翌日の3月29日、阿里巴巴集団傘下の阿里巴巴公益基金会と馬雲公益基金会が共同で贈った新型コロナウイルス対策用医療物資(マスク・検疫試薬など)が、ヤンゴンでミヤンマー政府衛生当局者に渡された。

 4月5日、中国国家保健衛生委員会によって福建省立医院・福建省疾病予防コントロール・センター・福建医科大学付属第一医院・福建中医大学付属人民医院などから選抜された専門家に華人対策部門幹部を加えた12人で構成された医療支援チームが、厦門航空のチャーター機でマニラ郊外のニノイ・アキノ国際空港に到着している。

 白字で大きく「比律賓加油! Laban Philipinas!(フィリピン、ガンバレ!)」と書かれた1m×4mほどの赤地の横断幕を持った彼らが携えていたのは、福建省各地から寄贈された支援物資だった。「血は水よりも濃い」のである。フィリピン華人のルーツが福建省であることを、改めて思い起こさせてくれる。やはり華人という存在は、対外関係を進める上で中国にとって重要なツールであり続けるのだ。

 中国がASEANに派遣する医療援助隊で、カンボジア、ラオスに次ぐ第3陣である彼らは、感染被害が深刻なマニラに活動拠点を置くものの実際に治療に当たるのではなく、現地医療スタッフの指導を担当するとのことだ。

 空港で一行を迎えた駐フィリピン中国大使の黄渓連は「フィリピンは人類運命共同体の重要な一部であり、中国は自らの新型コロナウイルス対策で一定の勝利を収めた後にフィリピンへの積極援助を進めている。これこそ人類運命共同体を見事に体現するものだ」と語っている。なにやら文化大革命期に中国がアルバニアやアフリカの国々に援助した際の常套句――「労働人民の国際連帯と友誼」――を彷彿とさせる発言ではある。

 それから2日が過ぎた4月8日午前10時半、感染症や看護などの専門家に中医を含む12人で構成された医療支援チームが、PCR検査機器・医療用マスク・医療用防護服などを含む5.3トンの医療器材と共にヤンゴン空港に到着している。3月26日に陳海大使の発言が早速実現した形だ。15日間のミャンマー滞在中、現地専門家の訓練に当たると同時に、ミャンマーにおける新型コロナウイルス感染検査態勢の早急な整備・構築に努めるとのことだ。

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