2024年12月23日(月)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2020年3月10日

 2月末から3月初まで、5日ほどクアラルンプールに出掛けてみた。特にこれといった目的があったわけではなく、四半世紀ほど前に見たチャイナタウンの変貌ぶりを実感してみようかと、軽い気持ちであった。

クアラルンプールのチャイナタウンの中心部。中国人観光客は見当たらず

 チャンギ空港のシンガポール航空カウンターにも新型コロナウイルスに関連し、過去14日以内に中国大陸を訪れたなら地上勤務者に連絡せよ、と掲示がされている。1週間ほど前に入国した際の到着ロビーと同じように、出発ロビーも閑散としている。

 チャンギ空港を飛び立った機体の上昇が終わり水平飛行に移って程なくして、「下降に移るから着陸の用意を」と機内アナウンスが。クアラルンプール郊外のKLIA国際空港までは40分ほどだから、JR総武本線で千葉駅からいつも利用している日向駅までの乗車時間より若干短い。

 じつはKLIA空港と都心との距離は成田・東京間より10キロほど長い80キロ。車でクアラルンプール都心のホテルに向かったが、当然のようにシンガポール・クアラルンプール間の飛行時間より長い時間であり、シンガポールとクアラルンプールの近さを改めて実感した。

 まさに広々とした樹海に浮かぶ広大な人口島といった趣のKLIA国際空港である。特に新型コロナウイルス関連の告示が目に着いたわけではないので、マレーシアでは警戒感が緩いのかと思っていた。だが旅券審査の段階で、そうではないことを知らされる。

 女性係官から「日本人だから正確に」と手渡された黄色い紙には、名前・旅券番号・滞在期間・滞在場所・連絡先(携帯番号)を書く欄が記されている。シンガポールからは自動的に入国できると聞いていただけに、やはり日本における感染の急拡大が問題になっているのだろう。

 旅券審査を待ちながらも気になっていたのが、地方色豊かな各種の民族衣装に身を包んだ幾つもの集団だった。彼らは喜色満面に握手し、互いに抱き合い、大声で言葉を交わしながら名残惜しそうに空港から離れて行った。聞くとメッカ巡礼から戻ってきたイスラム教徒の集団で、なかには帰国途中で立ち寄ったインドネシアからのグループもいたようだ。あの時点で、すでにサウジアラビアでも感染例が報告されていたはず。にもかかわらずマスクもしていない。巡礼の旅は濃厚接触の連続だったはずだから、その後が心配になった。

 市内までの高速道路は、広大な樹海のなかを切り裂くように延々と続く。途中、ハイテク団地やサイバー都市、さらには高層マンション群、バカでかいアウトレットなどが目に入る。マレーシア経済発展を見せつけられる思いだ。

 大きなビルが立て混んできた辺りのビルの白亜の壁面に、「中国加油(中国 ガンバレ)」が読めた。赤地に黄色の文字だからヤケに目立つ。上の方には白抜きで「齊心協力抗疫情 風雨同心度難関(心を斉しく細菌退治 心を同じく難関突破)」と。壁面に記された「NIRVANA 富貴記念館」はビルの名前なのだろう。中国物産館なのか。

 高速道路のすぐ脇でもあり目立つことは目立つが、誰に向けてのアピールなのか。中国からの観光客がいる訳はないし、効果は薄いだろう。あるいは富貴記念館の“自己満足”なのかもしれない。因みに、クアラルンプール滞在中、「中国加油」式の看板を目にすることはなかった。

 土曜日の午後にチャイナタウンの「茨廠街 JALAN PETALING」へ。ホテルで「いつもは中国人観光客で溢れているが、いまはガラガラ」と聞いていた通りで、西欧人の観光客ばかり。それでもシンガポールのチャイナタウンに較べれば賑わっている。道路を占拠して並ぶ屋台に並ぶのは、土産物が半分で、ニセモノのブランド品やら安売り日用雑貨が半分といったところか。

 通行人に呼びかける店員の多くは中国系ではなかった。薄暗くジメジメした裏通りに並ぶ食べ物屋台では、広東語が行き交い、その昔の香港の下町を思い起こさせ懐かしい限りだ。

 ということは「茨廠街 JALAN PETALING」は観光地であると共に、庶民にとっての生活の街でもあるわけだ。

 最初に訪れた30数年前に台湾系の書店があったことを思い出したものの、記憶が曖昧で辿り着かない。その代わりに見つけたのが、ガラス張りの小奇麗な店構えの「商務印書館」だった。若い女性店員の訛りのない中国語による説明では「香港にある中国系書店の系列で、主に中国からの書籍を扱っている」とのことだ。

 主力は書道や絵画が中心の芸術関連や仏教・瞑想・漢方関連など。政治を扱ったものはなく、一帯一路関連が数冊。店の中央に積まれているのは、香港や台湾で出版されている中国の危機やら崩壊を論じた欧米の書籍の翻訳モノが主力。この種のモノが売れ筋ということだろう。シンガポールと同じように、香港における一連の反政府運動関連はなかった。店員に聞いても返事は「扱ってない」の一言で終わり。理由を聞く暇もない。

中華新聞を拾い読み

 屋台の時計修理屋が脇に並べた新聞スタンドで『星洲日報』『光明日報』『南洋商報』などの華字紙を買って拾い読みする。

 マハティール首相の突然の辞任表明で勃発した政権争いだったが、国王は憲法の規定に則りムヒディン前内相を新首相に指名した。かねてからマレー人優先を掲げていた新首相だけに、新政権の方針に「民族差別色」が出るのではないかとの批判が華人系知識人から出始めた。

 『星洲日報』(3月1日)は、マレーシアにおける新型コロナウイルス対策奏功を伝えると共に、「中国、韓国、日本、イタリア、イランなどへの感染地区への不要不急な旅行は当分は延期せよ」との政府からの勧告を報じていた。

 ここで興味深いのが、東マレーシアに位置するサバ州とサラワク州における動きである。

 2月7日、サバ州政府当局は世界に先駆けて航空機の中国路線停止を宣言すると共に、サバ滞在中の中国人観光客のビザを最大限7日間延長し、その後は中国への送還を厳格に執行する方針を打ち出した。この時点では、マレーシア中央政府は湖北省と武漢からの入国禁止措置に止めている。

 ビザ延長を最大限7日間に限った理由について、サバ州首席大臣は「無期限の延長を認めた場合、より多くの中国人観光客が様々な口実を挙げて無期限に滞在してしまうから」と述べた。たしかに「より多くの中国人観光客」の合法的な長期滞在は社会の不安定要因を誘発する可能性は決して低くはないだろう。

 だが同首席大臣は、「このような措置は州内の住人の健康を守るためであり、感染が納まった後には中国からの観光客を歓迎することはもちろんだ」と付け加えることも忘れてはいない。


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