陸と海の風味が絶妙にマッチ
白い身に醤油が浸みた御飯もホタテも、同じような薄茶色。香りも食感もトゲがなく柔らかな味が共通し、口に含んだ瞬間に、もしかするとその前から、両者の風味がお互いに混じり合っている。陸生と海生、穀物と貝類という、生きているうちには決して出会うことのない存在なのに、その境界がまるでない。とびこや細竹を添えるのは、飯も具も茶色に染まる中身に彩りを添えるためだろうか。
ホタテは万人受けする人気の食材である。産地が北国なので宣伝の方法により旅情も出せる。冷めても味が落ちないから、駅弁に向いた食材とも言える。だから、よりおいしく、より売れるよう、駅弁でも新製品の開発が絶え間ない。タレで照りが効いた大きなホタテを使ったり、フライやバター焼きにして揚げたり、隠し味でエキスをより引き出したり、味や見栄えに優れるホタテ駅弁が毎年のように続々と出現している。
青森の駅弁としても、ホタテの駅弁としても、そんな若いライバルに対してこの「帆立釜めし」は、お世辞にも「激うま駅弁」とまではいえない。赤という目立つ色をまとうのに、この駅弁がショーケースに20個並べられていても、その姿に派手さは感じられない。しかし、新幹線が来る前から、さらに四半世紀前に青函トンネルが開通する前から、それどころか半世紀前の青函連絡船の時代から、青森で鉄道旅客に親しまれてきた味は、こちらである。何度も買われる老舗の安心感もまた、「帆立釜めし」の味である。
青森あるいは新青森駅が手にした、新幹線最北端の駅というタイトルは、実はもう長くはない。2015年度、つまり2016年3月までに、北海道新幹線が新函館駅(仮称)まで延伸開業する予定である。新青森駅は在来線青森駅とは異なり、列車が進行方向を変えることがない、名実ともに中間駅となる。その後も新青森駅を行先とする列車が少しは残るだろうが、「新青森」という光の文字の多くは「新函館」に書き換えられるだろう。その際には、新青森駅へ出てきた新作駅弁のうち少なからずが、国へ帰ることだろう。「帆立釜めし」はきっと、約5年間の賑わいに左右されることなく、今後も悠然と駅弁売店で客の財布をくすぐっていくに違いない。
福岡健一さんが運営するウェブサイト「駅弁資料館」はこちら
⇒ http://kfm.sakura.ne.jp/ekiben/
■「WEDGE Infinity」のメルマガを受け取る(=isMedia会員登録)
週に一度、「最新記事」や「編集部のおすすめ記事」等、旬な情報をお届けいたします