信越本線が羽越本線と磐越西線を分け、
かつて国鉄の機関区が置かれた鉄道の要衝である新津。
見た目は無機質で平凡な幕の内タイプの駅弁なのに、
味で旅人を強く惹き付ける名駅弁が半世紀の時を刻む。
新津は鉄道の街である。そして、国鉄の街であった。
昭和の頃、蒸気機関車が活躍していた頃には、全国各地に鉄道の街、国鉄の街というものが存在した。なにしろ最盛期には60万人もの職員を雇用していた、日本を代表する巨大企業である。幹線鉄道同士の接続駅には数十万坪の敷地を持つ鉄道工場や貨物ヤードが置かれ、数千人の職員が働き、その家族を含めて住民の数割が国鉄の関係者という街が出来上がった。
新潟駅から電車で約20分の新津駅は、信越本線が羽越本線を分け、磐越西線が接続する、四方から幹線鉄道が集まる鉄道の要衝である。ここにはかつて、国鉄の新津工場、新津機関区、操車場などの重要な施設が配置されていた。1951(昭和26)年から単独で市制を敷く、鉄道の街が出来上がった。江戸時代の北前船から続く、日本海に沿った重要な物流ルートと、本州を横断する鉄路が集まる新津に鉄道の街が出来上がったのは、必然ではないかと思う。
そして、鉄道の街には必ず、駅弁が存在した。たとえ街の規模が小さくても列車運行の都合で急行列車が停車したり、複数の路線が集まれば乗換客がいたり、国鉄職員への供食という役割も担うため、鉄道の街に駅弁屋が存在することも必然であった。
そんな新津駅で1950(昭和25)年頃に登場し、半世紀以上の時を刻む名物駅弁がある。鮭をメインに据えた幕の内弁当「鮭の焼漬弁当」である。
見た目はまるで工業製品
でも、食べてみると・・・
この駅弁、失礼ながら見栄えはしない。肌色の包装紙を外してフタを開けば、長方形の区画が整えられた白いプラ製トレーが目に付く。個々の区画には、御飯やおかずや付合せが整然とはめ込まれる。飾り気のないという表現を通り越した、無機質な工業製品に見えてしまう。
その中で長方形の区画にしっかり納まる焼き鮭が、駅弁の名前となるメインディッシュ「鮭の焼漬(さけのやきつけ)」である。駅弁に焼鮭は珍しくないけれど、この焼鮭は尋常ではない。まず、でかい。塊と呼べる大きさで、区画に鎮座する。そして食べて、うまい。脂が乗るのに歯応えがある、それでいて柔らかい、塩辛さがむしろ心地良い、駅弁に入る鮭の最高峰がここにある。
これは鮭を焼いた後にタレに漬け込んだ、越後の国の郷土料理だそうな。新津駅の駅弁に入る鮭の焼漬がどれくらいうまいかは、後にこれだけを真空パックにして土産物として単品販売を実施しているという事実からもうかがえる。
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