琥珀や海女で知られる陸中海岸の港町、久慈。
鉄道、道路、航路のいずれも幹線のルートから外れているため、
旅の途中ではなく目的にしなければならない駅弁は、
ていねいに手作りされた素朴かつ豪華な逸品であった。
幻の駅弁というものは、あるのだろうか。
幻になった駅弁、つまり過去には売られていたが今は売られていない駅弁は、いくつもある。その裏返しとして、今売られている駅弁を幻とは呼び難い。
現存する駅弁は、駅へ行けば買える。販売の時間帯や数量が限られる駅弁もあるが、その場合は予約を入れておけばよい。どこかで誰かが「幻の駅弁」と紹介し、話題と人気を集めれば、駅弁も商品であるし駅弁屋も商売であるから、きっと製造や販路を拡大したくなるであろう。そうなると、「人気」や「話題」や「定番」などの接頭辞が付く代わりに、「幻」は外れる。
期間限定、しかも1日20個のみ
岩手県・三陸鉄道久慈駅の駅弁「うに弁当」は、駅弁ファンの少なからずが幻の駅弁と呼んでいるであろう、数少ない駅弁のひとつである。4月から10月までの販売、一日20個限定。この事実からも、入手しにくい駅弁であることは確かである。これに加えて、駅に行けば買える駅弁を幻と呼ばせる理由が、もうふたつある。
岩手県久慈市。岩手県の北部で太平洋に面した、コハクや海女で有名な港町であり、1954(昭和29)年から市制を敷く、陸中海岸では有数の都市である。しかし、1930(昭和5)年に通じた鉄道は、以後約半世紀の間、行き止まりの路線であった。
最寄りの幹線鉄道である東北本線からは、八戸駅から八戸線で約2時間、盛岡駅から国鉄バスで約3時間。新幹線や高速道路や空港も東北本線の沿線で整備されたため、久慈は今でも旅の道中で偶然に通る場所ではない。
2002年の東北新幹線八戸延伸により、二戸駅で新幹線「はやて号」とJRバス「スワロー号」を乗り換えれば片道約4時間強。今では東京から日帰りが十分に可能ではある。旅の目的としての駅弁の購入は楽になった。それでも、以後8年以上を経過していまだに幻という接頭辞を付けたくなる理由が、駅弁そのものにある。
ウニのやわらかな味と香り
駅弁の名前に三陸鉄道の車両などを印刷した青い厚紙に、久慈駅弁「うに弁当」は包まれている。四角い容器の中身は、御飯、蒸しウニ、タクアン、レモンスライス、エビ型のバランですべてである。御飯の上は隙間なくウニで覆われる。御飯にもウニが混ざる。その分量が惜しみないことは、一目で判る。
なるほどこれが全国最強のウニ駅弁なのかと納得した気分になり、箸を進める。駅弁であるから常温なのに、まるで出来立てのようなふんわり感。ウニの味がして、ウニの香りがして、それ以外は何もない。それでいてなぜか、箸休めを要するようなしつこさがない。この味や香りの柔らかさは、地元で獲れるウニを使えるからなのか、ていねいに手作りされているからなのか、想像するのは簡単だが、はたしてどこから来ているのだろうか。
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