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2020年9月25日

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中西 享 (なかにし・とおる)

経済ジャーナリスト

1948年岡山県生まれ。72年共同通信社に入社。88年から91年までニューヨーク特派員、経済分野を取材し、編集委員を経て2010年に退社。現在は経済ジャーナリスト。著書は「ジャパンマネーの奔流―ニューヨーク・東京・ロンドンの24時間」(1987年、ダイヤモンド社)、「日本買い 外資は何を狙っているか」(2005年、PHP研究所)など。

 2回目は地域防災が専門の秦康範・山梨大学工学部准教授に、学者としての立場から今何が求められているのかを聞いた。秦准教授が1995年から2015年までの20年間にわたり、全都道府県の浸水想定区域内と外の区域とを、500メートルごとの国勢調査の人口分布を重ね合わせる調査を行ったところ、過去20年間でみると、洪水ハザードマップに指定されている危ない所に住む世帯が約309万世帯も増えたことが判明するなど、ハザードマップが土地利用に役立っていないことが明らかになった。

(dreamnikon/gettyimages)

Q どういう目的でこの調査をしたのか。

秦准教授 山梨大学に赴任して地方都市の状況を肌感覚で理解するようになったことが大きい。大都市はアスファルトやコンクリートに覆われ、地盤改変が著しく、もとの地形を理解することが難しい。その点、地方都市は地形と土地利用の関係がわかりやすい。郊外の危ない所に新しい家が建っているのに気が付いた。その後、これは山梨だけでなく全国的にも調べてみる価値があるのではないか思って、47都道府県を調査して2019年に論文にまとめ、20年1月に発表した。

Q 過去20年間でこれだけ多くの住民が浸水危険地域に移ったということは、いかに危ない地域での宅地化が進んでいたということになる。15年で見ると、1522万世帯、人口では約3500万人、世帯、人口比率では28%もの住民がここに住んでいる。それにしても、これほど多くの人が、わざわざ危ない地域に住んでいるのは驚きの数字だ。

 もともと日本では都市計画法により開発の可能な市街化区域と開発ができない市街化調整区域が指定され、まちづくりが進められてきた。しかし、開発が進むにつれて開発余地がなくなり、結局、開発がされていない、人が住めなかった危ない所を開発して住むようになった。また01年の同法改正により、市街化調整区域でも建設要件が緩和され抜け道ができて建設が可能となっていた。国は住宅ローン減税などにより新築住宅の建設を促進しようとしてきた。マイホーム信仰もあり、人口減少局面の今日でも総住宅数は一貫して増加しており、浸水危険地域はこの受け皿になったと考えられる。

 土砂については2000年に土砂災害防止法ができて、危険な区域を指定し、特に危険な区域は開発規制も行っている。

 山崩れなど危険区域の多い広島県では警戒区域の指定に向けてスタートは早かったが、住民の反対で指定はなかなか進まなかった。そういう状況で14年8月に広島市安佐南区で土砂崩れによる大きな災害が発生した。

 滋賀県では国に先行して14年に条例を制定して警戒区域を設けて危険地域での住宅建設を制限することにしたが、17年と18年にわずか2か所しか設定できてなくて、全然進んでいない。法律ができても地元の理解を得るのは難しく、実際に警戒区域の指定を行うには大きなハードルがある。

Q 区域内人口変化率の上位をみると、1位が神奈川県の17.4%、2位が東京都15.3%、3位が岡山県12.8%、以下は滋賀県12.3%、広島県11.5%、福岡県10.4%など。区域内世帯数でみると、1位が福岡県38.4%、2位が東京都38.2%、3位が滋賀県38.1%、以下は神奈川県35.2%、岡山県31.4%、埼玉県29.5%など。大都市圏以外の地方でもこの傾向が強いのをどうみるか。

 人口が減少しているにもかかわらず、世帯数が増えていることもあって、地方でも若い世代を中心に新規住宅の需要がある。しかしこの世代は資金力に乏しく安い住宅を求める傾向がある。開発業者は安価な土地を大規模に開発したい。結果として、これまで人が住まなかった災害リスクのある場所ほど開発される状況がある。旧市街地は地価が高止まりし、権利関係が複雑で大規模な開発が困難なことも郊外の開発が止まらない理由だ。一方で空き家が増加しているのは皮肉なことであり、税制など様々な制度の問題が大きい。

 自治体にとってこれまでは開発することはプラスと考えられていた。人口が増えれば税収も増えるからである。しかし、水道や電線を引きバスを走らせるなどインフラ整備のコストがかかり、中長期的には行政コストは確実にマイナスになる。さらに、災害の被害を受けやすく、被害を受ければ復旧費用がかかる。

Q この調査結果をもとに、国や地方自治体に対して防災の見地から何を望むか。

 洪水の危険な区域の開発をさせないようにするというのは、1977年頃に既に専門家により指摘されており、決して新しいことではない。その意味で、関係者は不退転の決意で取り組む必要がある。土砂の事例を見れば住民の反対も予想され、相当な覚悟を持たないと区域指定は簡単には進まないだろう。

 人口減少局面に入り自治体間で人口獲得競争が本格化している。全体のパイは増えないので、確実に過当競争となり疲弊する。地域全体を俯瞰し持続可能な取り組みを行わないといけない。区域指定を積極的に行った自治体で人口が減少し、行わなかった近隣の自治体が漁夫の利を得るようなことがならないよう制度設計が求められる。

Q 国土交通省ではハザードマップ内の浸水の恐れのある地域で度々、大きな被害が起きていることを教訓にして、土地利用対策として都市再生特別措置法を改正して、浸水リスクが高い区域を「災害レッドゾーン」に指定し、この地域には新規の住宅を建てさせないように誘導する新たな制度を導入する方針を明らかにしているが。

A 浸水リスクに対して開発を制限できるようにすることは非常に画期的なことであり、是非推進していく必要がある。地球規模の気候変動が進む中で、我が国は急激な人口減少局面を迎えている。スピード感を持った取り組みを期待している。

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