2024年12月13日(金)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年11月10日

 10月14日の国連の軍縮会議で、インドのシャルマ大使は、インドは核の先制不使用原則を守ると述べた。この発言は、おそらく額面通りに受け取って良いのであろう。

bergserg / grynold / iStock / Getty Images Plus

 ロンドンのキングス・カレッジのパント教授らは、Foreign Policy誌(電子版)に10月23日付けで掲載された論説‘Is India Overturning Decades of Nuclear Doctrine?’において、インドの「核の先制不使用」の原則は種々の挑戦を受けているが、インドが原則を変えることはないだろう、と述べている。専門家は、もしインドがパキスタンと戦うようなことになれば、インドはすでに核の在庫と運搬手段を持っているので、核の先制攻撃をするだろうと考えている。インドは西ヒマラヤで中国と軍事的小競り合いをしており、通常の軍事力で中国に敵わないので、核の先制使用を公に採用することでインドの決意を伝えることができる。しかし論説は、シャルマ大使の発言は、これらの分析を全面的に否定するものだとしている。

 核の先制使用、不使用は、核兵器国によって異なる。米国は核を独占していた時代から一貫して核の先制使用を標榜してきた。ロシアはソ連時代ブレジネフが1992年2月先制不使用を宣言した。ソ連邦解体後通常戦力の弱体化を背景に見直しが行われ、1993年11月、当時の国防相グラチョフが先制使用を宣言した。中国は1964年の核実験以来一貫して先制不使用の原則を守っている。パキスタンは通常戦力でインドに劣るという事情を踏まえ、先制使用を宣言している。

 核の先制使用はいわば核の脅しであり、戦後の米国のように圧倒的な核の優位に立つ場合には、先制使用で相手を威圧しようとする。逆に圧倒的に劣勢である場合には、相手を刺激しないように先制不使用を標榜することが多い。それから、核の先制使用の問題に影響があるのは通常戦力である。インドに対するパキスタンのように通常戦力で劣勢にあるときには、核の先制使用で抑止しようとする。

 インドの場合、戦略的に中国とパキスタンが相手であるが、なんといっても脅威は中国である。インドは中国に対して通常戦力でも核戦力でも圧倒的に劣る。通常戦力で劣るので核の先制使用を考えるべきだという意見もあるようだが、それよりも重要なのは核戦力で中国に圧倒的に劣っていることである(注:中国の核兵器所有数は280、インドのそれは150と見られている)。そこで、インドとしては中国を刺激しないためにも核の先制不使用を宣言する必要があったと思われる。

 インドの核の先制不使用の宣言には、それに加えて道義的な意味もあると考えられる。シャルマ大使がインドは核の先制不使用の原則を変えることはないだろうと述べたのが軍縮会議であったのは示唆的である。インドは核保有国ではあるが、核の拡散には慎重であることを国際社会に訴えたかったのではないか。

 以上から見て、インドは戦略的にも道義的にも、今後とも核の先制不使用の原則を堅持していくものと思われる。

  
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