2024年12月24日(火)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年5月25日

 2010年に米ロが署名した新戦略核兵器削減条約(新START条約)は、期限延長の措置が執られない限り、来年2月に失効することになる。新START条約は、米ロ両国が保有し得る核弾頭数の上限を1550個、運搬手段の上限を700個と定め、それ以前に比べると、核弾頭数は3分の1削減され、運搬手段は半分以下に削減されたことになる。

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 もし新START条約が無くなるようなことがあれば、核競争が復活しかねないとして、憂慮する声が高まっている。例えば、ロシアのアントノフ駐米大使(元国防副大臣)とゴッテモラー米元軍備管理・国際安全保障担当国務副長官は連名で、Foreign Affairs誌(電子版)に‘Keeping Peace in the Nuclear Age’と題する論説を4月29日付けで寄稿、新START条約は延長されるべきであると言っている。論説は「もし条約が延長されない場合には、2021年は予測不能の時代の始まりとなるだろう。米ロ両国の相手の戦略核兵器能力の理解は減り、信頼は急速に失われるだろう。米ロは相手の理解が減るにつれ、最悪のシナリオに備えた計画を立てざるを得なくなるだろう。通信手段と透明性が減るにつれ、偶発的な核の使用のリスクが高まり、危機が核戦争にエスカレートする機会が増えるだろう」と述べ、強い危機感を示している。

 新START条約は、米ロ両国の核弾頭と運搬手段(ICBMとSLBM搭載のミサイルと戦略爆撃機)の数を大幅に削減するとともに、細かい検証の体制を作った。両国の検証チームは相手国の核弾頭と運搬手段につき頻繁に現地査察を行うとともに、特定日にミサイルと核弾頭がどのように展開されているかにつきデータを交換してきた。このように、米ロ両国が相手に対し、自国の戦略核兵器の手の内をすべて知らせることにより、米ロの戦略核兵器についての透明性と予見可能性が確保され、相互の信頼性が高まり、戦略核兵器についての米ロの関係は極めて安定的なものとなった。これは言ってみれば模範的な軍備管理体制であり、この体制を続けることは、米ロ両国の安全保障にとってのみならず、世界の平和と安定にとっても重要である。

 ロシアはいち早く新START条約の期限延長に賛成している。ロシアのアントン駐米大使は3月初めの米軍備管理協会とのインタビューで、プーチン大統領が2019年12月5日、ロシアは新START条約を直ちに、無条件で延長する用意があると宣言したと述べ、ロシアの態度を確認した。5月11日にも、ロシアのリャプコフ外務次官が、ロシアが条約を5年間延長するよう米国に提案していることを明らかにした、と報じられている。

 しかし、トランプ政権は新START条約に中国を含めるべきであると考えているようである。2月に国務省が議会に送った報告によれば、トランプ政権は米国の核の安全が重要課題で、条約の期限が単純延長されれば、その間中国の核能力が増大することが懸念されるとしている。ポンペオ国長官は昨年12月10日、記者会見で新START条約につき「世界の戦略的安定に影響を及ぼす全ての当事者を対象にすべきだ」と述べたと報じられた。これは明らかに中国を念頭に置いての発言である。

 核軍縮に中国を含めるべきであるというのは、一般論としてはその通りである。しかし、新START条約に中国を参加させるべきであるという議論は別の話である。

 まず、中国の戦略核能力はまだ米ロに比べ限定的である。中国は現在300の核弾頭を持っていると見られているが、新START条約で米ロが保有し得る核弾頭は1550である。中国が持っている戦略ミサイルは128基と言われるが、米国は新START条約の下で640基を保有している。1つの条約で規制するには釣り合いが取れない。

 何よりも、中国には条約に加盟するメリットがなく、中国には条約に加盟するインセンティブがない。米ロは相手が戦略核を制限することに大きなメリットを見出したのであり、それだからこそ新START条約に賛成した。トランプ政権は条約への中国の参加を求めているが、中国の参加の代償を払う気配はない。中国から見れば条約への参加は義務のみを負うものである。中国外務省の報道官は2月、中国は米ロとの軍縮討議に参加する意図はないと述べたと報じられている。トランプ政権が新START条約への中国の参加に固執すれば、条約の期限までに合意が得られず、条約が失効する恐れがあるが、失効だけは何としてでも避けるべきである。

 他方、中国を核軍備管理体制に組み込む必要があることも論をまたない。そのためには新START条約とは別のフォーラムを検討すべきだろう。

  
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