トランプ大統領が退任後の刑事訴追をかわすための最後の奇策として、1月20日バイデン次期民主党大統領の就任式直前に辞任、暫定大統領となるペンス副大統領が「恩赦」表明、というウルトラCのシナリオが米マスコミで話題に上ってきた。
米大統領選でのバイデン勝利確定後、米マスコミの関心は、数多くの刑事訴追案件を抱えたトランプ大統領が退任後、起訴されるかどうかではなく、「有罪判決」を前提にした、罪を免れるための「恩赦」問題に集まりつつある。
「トランプは自己恩赦を考えているが、その通りにはコトは運ばない」―12日付のワシントン・ポスト紙はこんな見出しの記事を掲載、トランプ大統領が1月20日までの残り70日足らずの間に大統領特権を最大限活用し多くの知人や親族そして自分自身をも対象とした恩赦を打ち出すシナリオについて詳しく論じた。
それによると、過去の例では、①フォード大統領が「ウォーターゲート事件」関連の罪に問われたニクソン大統領を特赦としたほか、退任直前には第2次大戦中に「戦犯扱い」されてきた“東京ローズ”の日系人に恩赦を与えた②カーター大統領がベトナム戦争徴兵忌避者すべてを対象に刑事訴追不問とした③ジョージ・ブッシュ大統領(父)がイラン・コントラ事件の被告6人を恩赦した―などがあり、党派にかかわりなく時の大統領が憲法第2条に明記された特権を利用し、少なからぬ数の人物に対し法的救済措置をとってきた。
トランプ大統領の場合はすでに、恩赦または減刑処分とした人物は、2016年大統領選でトランプ支援運動を展開し、選挙違反で逮捕されたロジャー・ストーン被告、イラン・イラク戦争の戦場での虐待行為で戦犯となった複数の米軍将校、婦女暴行で逮捕された知人の元アリゾナ州保安官など45人に達しているほか、来年1月20日離任までに、刑事告発のうわさもある長男ドナルド・トランプ・ジュニア、次男エリック・トランプ、娘のイバンカ・トランプなど家族ぐるみを対象に恩赦を発表する可能性も指摘されている。
しかし、最大の関心は、自らを恩赦の対象とする「自己恩赦self pardon」だ。
トランプ大統領はかねてから自らのツイッターで「私には自分自身を恩赦する絶対的権限がある。法律専門学者たちもそう言っている」などと根拠もなく主張してきた。
この点についてポスト紙は、1974年当時、司法省法律顧問室が作成したメモランダムなどを引き合いに「恩赦の発出は2者間の行為であり、自分自身の行為について自己判断を下すことは非論理的かつ非合法的だ」と断じている。
ただその一方で、同紙は「トランプ氏が来年1月20日前に、ペンス副大統領との“取引”の上で辞任する可能性は否定できず、その場合、ペンス氏がただちに第46代大統領となり、恩赦を出すことは法的にはあり得る」と指摘した。
しかしその場合でも、暗黙の了解でペンス暫定大統領による恩赦を受けた場合、自分が過去の刑事告発の対象とされた自己行為について「有罪」を認めたことを意味し、米国政治史に自らの汚名を残すことになる。それだけに、彼が実際にこれを受け入れるかどうか定かではない、との否定的見方を伝えている。
さらに、ペンス副大統領自身が、この“取引”に応じるかどうかについても、専門家の間の見解は分かれている。
ペンス氏は一方では、2024年大統領選出馬に意欲を見せていると伝えられるだけに、1月20日以降に本格化する州、連邦検察の大がかりな捜査の結果、トランプ氏の過去の巨悪の実態が明るみに出た場合、常軌を外れた恩赦行為が選挙戦で有権者の反発と批判をあおる結果になりかねず、躊躇する可能性がある。
しかしその逆に、ペンス氏が最後の最後までトランプ氏に忠誠を示し、恩赦に応じることで、全米の熱烈なトランプ支持層を増やし、選挙戦を有利に戦えるとの見方もあるという。
こうした恩赦シナリオについては、CNNテレビも12日、元ニューヨーク州殺人事件担当検察官として敏腕を振るったポール・キャラハン氏による特別解説を放映するなど、この問題についての関心が一段と高まりつつあることを裏付けている。
キャラハン氏はこの中で以下のように語っている:
「恩赦については二つのシナリオが俎上に上がっている。そのひとつは、合衆国憲法修正第25条第3節の『自発的引退』に依拠したもので、この場合、トランプ大統領が何らかの理由を挙げ、上院仮議長(現在はマコーネル共和党上院院内総務)宛てに書面で『大統領職務不能』を通告する。通告後ただちに、ペンス副大統領が暫定大統領となり、トランプ恩赦措置を打ち出すことになる。
その後は、バイデン次期大統領が就任式で宣誓する2021年1月20日まで、トランプ氏がそのまま大統領として職務を再開するか、ペンス氏に暫定大統領のまま職務につかせるかのいずれも可能となる、というものだ。このシナリオは一見、馬鹿げて見えるかもしれないが、トランプ氏にとっては『職務不能』通告に際して精神、肉体面の医師診断書の提出も必要とせず、また、刑事告発の心配からも解放される上、憲法規定の範囲内で対処できることになる。ただ、ペンス氏がこの案にどう向き合うかという問題が残っている」