米国の次期大統領にほぼ確定したジョー・バイデン氏だが、選挙中の「蜜月」とは裏腹に、その閣僚人事は旧オバマ政権を再現するかのようなもので、選挙中に最大協力を行った民主党左派から不満の声が上がっている。
選挙中は何よりも打倒トランプが民主党の第一目的だった。そのためバイデン氏は急進左派の代表であるバーニー・サンダース上院議員との連携を強化、政策の中にサンダース氏の意見を多く取り入れた、とされていた。また同じく左派であるエリザベス・ウォーレン上院議員を財務長官に、サンダース氏を労働長官に、という噂もあった。
ところが蓋を開けてみれば、バイデン人事は民主党主流の意向に沿ったもので、多くがオバマ政権時代を復活させるような内容だ。
例えば退役軍人関連長官に任命されたデニス・マクドノー氏はオバマ元大統領のトップ補佐官、農務省長官のトム・ビルサック氏はオバマ時代も同じポジション、内政担当トップのスーザン・ライス氏はオバマ時代の国家安全保障補佐官、通商代表のキャサリン・タイ氏はオバマ時代の対中貿易監査、という具合だ。また財務長官には元FRB議長のジャネット・イェレン氏が指名されることが確実視されている。
とりあえず現時点で確定と言われる人事16人中、12人がオバマ政権時代にも政権に仕えた人々で、新規は4人のみ。おそらくは労働長官もサンダース氏以外の人選になる、と考えられている。
理由として、オバマ政権の副大統領だったバイデン氏はこうした人々と以前から交流があり、いわば気心が知れた仲であること。そして民主党主流から歓迎される人事であること。左派を多用すると主流派からの反発が大きくなることが予想される。また、上院が共和党多数になっているため、「有力な上院議員(ウォーレン氏やサンダース氏)を人事に引き抜くことは得策ではない」と本人が語っている通り、国会対策として上院議員数を今以上減らしたくない、ということもある。
副大統領を含めて女性とマイノリティの多用、という側面はあるものの、バイデン人事はいわば安全人事でもある。驚きや斬新さはないが、安定感はある。現時点で閣僚の平均年齢が60歳を超えているため、大統領も含めて超高齢内閣にもなりそうだ。
しかし打倒トランプのためこれまで選挙戦ではバイデン氏に全面協力をしてきた民主党左派や若手などからは当然不満の声が上がっている。彼らにしてみれば新内閣で左派の重用を期待していたものの、見事に裏切られ、選挙のために使われた、という思いもある。
ワシントン・ポスト紙はリベラル派環境団体のエヴァン・ウェーバー氏の声として「今我々が陥っている混乱の元凶を含む古い顔ぶれでは、前に進むことは出来ない」というものを紹介している。また女性やマイノリティが多い、と言ってもその多くは高齢でこれまでの活躍が知られた人々であり、「今の若い人々が求めているものを理解していない」という公民権運動代表の声も伝えられている。
若手上院議員であるトム・コットン氏もツイッターで「バイデン氏は国を融合(Unify)するための人事を行う、としていたが、現在までに発表されたものは融合にはほど遠いものだ」と批判した。特に対中政策に弱く、国の安全保障には問題のある人事、と手厳しい。
しかし左派が本当にバイデン氏が自分たちの主張を組み込んだ政策を行う、と信じていたとすれば、見通しが甘かったと言う他はない。バイデン氏が大統領候補に一本化された経緯を見ても、民主党主流がとにかくバイデン押しで選挙を乗り切ろうとしていたことは明らかだ。
当初予備選のトップにいたのはピート・ブティジェッジ氏とサンダース氏だ。バイデン氏は3戦目にしてようやく勝利を上げたが、民主党はその時点でブティジェッジ氏らを説得、予備選から撤退してバイデン支持に回ることを要請した。もしその動きがなければバイデン氏は予備選を勝ち抜くことは難しかったかもしれない。
民主党主流はとにかく選挙に勝ちたい、そのためには経験もあり知名度もあるバイデン氏を候補にすることが何よりも優先だった。サンダース氏は若者には人気があるが保守派からは徹底的に嫌われているため、本選挙を乗り切れない、と判断した。またもし大統領になった場合、主流派の意見とは異なる政策や人事を敢行しかねない。つまりバイデン氏は主流派にとっては単なる選挙の顔であり、協力の得やすい人物だった。