2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2021年2月16日

 近年、中印国境衝突が複数地点で頻発し、ジャイシャンカル印外相の言葉を借りれば、状況は「1962年の紛争以来最も深刻」である。ただし火器使用は抑制中であり、話し合いも双方強硬な立場を主張しているものの、一応継続中ではある。

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 最新の衝突は、1月20日に、インド北東部シッキム州・中国チベット間のナクラ峠で起きた(同地では昨年5月も衝突があった)。インド兵4人、中国兵1人負傷との報道もある。この衝突を受け、1月24日に両軍の(国境防衛担当の)司令官が協議し、解決を探求した。1月25日発表の印中共同声明は、「前線部隊の早期引き離しで合意した。両国指導者の合意に従い、対話と交渉の良いモメンタム維持にも合意した」としている。

 1月24日の会談は、昨年6月の西部国境ラダック・ガルワン渓谷における衝突(この衝突は大変深刻だった)以来行われている現地の協議の第9回会合である。6月の衝突では、インド側で死者20人(大佐級含む)、中国側も死者が出た(インド報道で40名超、中国は死傷者数未公表)。中印衝突の死者は1975年以来45年ぶりだった。両軍対峙は今も続いている。

 西部国境地域にあるカシミールは、中・印・パキスタンの領土紛争がある大変デリケートな土地である。インドは2019年8月、ジャム・カシミール州の自治権を取り消し連邦直轄とし、ラダク連邦直轄領とジャム・カシミール連邦直轄領を作った(中国は反対を表明)。インドはインフラ設置、軍事力配備を進め、中国のインフラ建設等に対抗した。中国は強く反発し、対立が深まった。

 2017年6月、中国・ブータンの係争地ドクラム地方で中国軍(約100人)が重機で道路建設していたのをブータンが見とがめ、インド兵もブータン側に加わり乱闘があった(死者はなし)。

 報道によると、昨年9月4日の国防相会談で、シン国防相が一方的な現状変更の試みは二国間合意違反と述べ、魏鳳和国防相は緊張の責任は印側にあり、中国領土は1インチも渡さないと述べた由である。

 両国は、1993~2013年に、6本の協定を結び、国境地帯で現状維持(紛争「棚上げ」)しつつ国境交渉も行った。中国は天安門事件(1989年)後、インドに「実効支配線」で「現状維持」するよう提案した。当時中国は対ロシア国境交渉も進め、対印交渉にも取り組んでいた。

 メノン元インド安全保障問題顧問の回想によれば、インドは、中国に都合の良い「実効支配線」の概念を拒んできたが、結局同概念を受け入れ、両国は諸協定に合意した。歴代首脳(江沢民、胡錦濤、ラーオ、ヴァジパイ、シン)が関係改善に努力したようだ。しかし、メノンは、近年の中国のふるまいで前述の諸協定は実効性を失い、インドは対中戦略を抜本的に再検討すべきと主張している。

 「実効支配線」という概念は要注意だ。戦闘によりこの線は動くし、現地に標識もなく、どこがその線か双方の理解は異なる。従って中印間で「実効支配線」、「国境地域の平和と安寧」を守る(紛争「棚上げ」と「現状維持」)と合意しても、その合意は大変脆い。

 両国の歴史認識、国力増進の自信、他方経済苦境の不満、民族主義の高まり、両国の辺境への支配強化と諸活動(軍事、インフラ建設、一帯一路)の活発化が、衝突の頻発・深刻化をもたらしている。

 水資源問題、多くの関係国(パキスタン、ブータン、ネパール、バングラデシュ)、民族問題等もあり、中印の国境問題は解決困難だろう。おそらく中露国境問題より複雑で厄介だろう。

  
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