2024年12月7日(土)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2021年2月11日

 バイデン米新政権が発足する直前の1月9日、トランプ政権のポンペオ国務長官は、これまでに米国・台湾の政府関係者の間に存在してきた接触要領の多くの制限を解除することを表明した。

tang90246 / iStock / Getty Images Plus

 これに対し、エコノミスト誌の1月14日付けの解説記事‘Have departing American officials made Taiwan into a booby trap?’は、このポンペオの表明が、中国との関係において、米国、台湾の双方に対し、「面倒な状況」を引き起こしかねないとして批判している。同記事の骨子は概ね次の4点である。

1.米台関係は1979年の断交以降、台湾関係法をはじめとして「非公式」のものであり、「非公式」という言葉は、中国に配慮して事実を覆い隠す「イチジクの葉」であり続けてきた。

2.トランプ政権の一連の米台高官交流の強化は「イチジクの葉」を引き裂こうとするものであり、ポンペオによる1月9日の声明は、その最大のものである。

3.ポンペオの声明は、バイデン政権に対する罠である。バイデンは、この動きを容認すれば対中関係で躓くことになり、否定すれば勇敢な弱小台湾のために立ち上がらないとして厳しい非難を浴びることになる。

4.ポンペオの声明は、中国が台湾に対する軍事的圧力を高める口実にもなるので、台湾にとっても罠となる。

 確かに、政権交代直前のどさくさに紛れて、ポンペオがこのような新方針を表明したのではないか、それならもっと早くからトランプ政権の方針として打ち出すべきではなかったか、との批判は免れないだろう。しかし、ポンペオの打ち出した方針が、バイデン政権を困らせるための「罠」として表明された、というエコノミスト誌の解説はあまりにも一面的である。

 今日の台湾をめぐる米、中、台の緊張した三角関係のなかでは、ポンペオの米台両政府関係者のより自由な接触という課題は、従来のトランプ政権の対中国・対台湾政策の延長線上にあるものであり、決して驚くには値しない。そればかりか、米国は、米台高官の交流を勧奨する「台湾旅行法」などを超党派で推進してきた。

 バイデン大統領の就任式には、ワシントンにおいて駐米台湾代表の蕭美金代表(事実上の駐米大使)が公式に招待され、出席した。これは79年の断交以来はじめてのことである。また、最近、台北では駐台湾米国代表(AIT:事実上の米国大使)クリステンセンと台湾政府の呉外相の共同記者会見が行われるなど、新しい米台間の公的関係も進みつつある。
 
 上記のエコノミスト誌の記事の、米台間の接触は内実を隠した「イチジクの葉」である、というような表現は、米・中・台関係を描写する上で誤解を招く。

 79年の米中外交関係樹立は、米ソ間の東西冷戦時代に米中が歩みよって出来上がった妥協の産物であった。その時に出された共同声明には、「中国はただ一つであり、台湾は中国の一部である」という中国の主張を米国は「acknowledge」する、と述べている。この言葉は「認識する」あるいは「承る」であっても、法的に「承認」したり、「合意」したりしたものでない。そのような背景から言えば、このコミュニケの言葉は同床異夢の世界にはなっているが、米国が一方的に、米台関係をねじまげて、「イチジクの葉」のように何かを隠蔽しようとするものではない。

 なお、台湾内部においては、バイデン政権下においても、台湾は米中間で難しい綱渡りが必要とされることに変わりはないとの意見が強い。台湾の世論調査などをみると、全体として台湾の民意は、今日の中国の香港への弾圧、南シナ海・東シナ海での領土拡張主義、台湾海峡における軍事的威嚇、ウイグルでの人権抑圧など覇権主義的行動に対する警戒心が強い。コロナウイルスを成功裡に抑え込んだ台湾では、特に初期段階で武漢における情報を隠ぺいした中国に対して批判的雰囲気が強い。

 蔡英文総統はバイデン大統領就任に際し、「米国は台湾の最も重要な同盟国であるだけではなく、自由と民主主義の価値観を共有する強固なパートナーであることを信じている」との声明を発出している。

 新国務長官ブリンケンは、最近、上院公聴会において台湾について、「国際社会でより大きな役割を担うことを期待する」との趣旨の発言を行った。1月23日には、米国務省の報道官が、13機の中国軍用戦闘機が台湾の設定する防衛識別線を越え台湾側に侵入したことを捉え、台湾に対する中国の軍事的圧力が地域の安定を脅かしているとの声明を発出した。これまでのところ、バイデン政権においても、トランプ政権時代の対中国強硬姿勢は、変わらず踏襲されていると見てよさそうである。

  
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