2024年12月19日(木)

WEDGE REPORT

2021年1月10日

 2020年6月30日、中国の国会に相当する全国人民代表大会(全人代)常務委員会は香港国家安全維持法について全会一致で可決した。その日の夜、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が署名を行い、同日23時から施行された。それからほぼ半年が経過したが、実際の香港の街の状況とは?

判決後、周庭氏、黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏などいずれかを載せたバス

香港在住西洋人が政治の話題を公の場で避け始めた

 施行されてから約80人が国安法違反で逮捕されたが、最大の懸念事項は、条文が不明瞭で何が国安法違反なのか判断がつきにくい点だ。しかも、解釈権は中国にある。「念のため」という委縮効果を生んでいる。

 それ以上に大きな委縮効果を生んだのは、香港警察が違反を密告してもらうホットラインの創設だ…昔の東欧の旧共産圏の密告を連想させる。デモが始まってからは広東語で政治の話は控えるようになっていたが、英語であれば、日常会話的に政治の話ができたが、香港在住の外国人、英語をメインに生活する人たちは、ホームパーティーでも開けば政治の話がでるが、彼らでさえ政治の話を控えるようになった。

 開設初日は1000件の通報があったと言う。いたずら電話、ガセネタも相当あったようだが、市民が市民を監視しかねない環境になりつつある。

細かな中国化が進む

 国安法制定、周庭(アグネス・チョウ)氏の禁固刑や保釈の却下、民主派寄りの新聞の『蘋果日報(アップル・デイリー)』を創業した黎智英(ジミー・ライ)氏の国安法での逮捕・起訴、保釈が認められた事、立法会の民主派議員4人の資格がはく奪され、それに抗議して15人が民主派議員を辞職する事などが日本で取り上げられている。

 香港にいるとさらに細かなニュースがどんどん入って来る。2018年の区議会選挙で民主派が圧勝し、立法会では区議会議員枠として5議席、行政長官選挙でも1200人の選挙人枠の中で117人の区議会選挙枠を民主派が独占しているが、全人代は無効にする研究を始め、審議しようとしている。

 イギリスのラーブ外相は11月23日、香港の最高裁にあたる終審法院からイギリス人判事の引き上げを検討していると発表した。2020年8月6日付の「『香港国家安全維持法』の何が問題なのか?」の記事で大東文化大学国際関係学部の廣江倫子准教授が懸念していたことが、現実化してきた。12月の頭には有線電視というテレビ局の主に中国の調査報道を担当する40人が、局の財政悪化を理由に解雇を言い渡された。無論、Wedgeの読者ならその本当の意味を理解できるだろう。

 香港政府は12月16日、保安局長が航空会社に対して予約者についての情報の提供を要求できる権限を与えるようにする条例の改正案を立法会に提出した。さらに香港の生徒に対して中国本土を訪れ、交流や実習活動をさらに拡大する案について立法会で討議している。2020年10月24日付の『香港の若者は歴史などどういう教育などを受けてデモに参加するようになったのか?』の記事でインタビューした香港人は中国を訪れた回数は数えるだけと話していたが、その実情を踏まえ、中国を訪れて印象を変えてもらおうということだろう。

 アメリカ商務部は12月21日、軍と関係があるとみられる中国やロシアの企業のリストを公表したが、その中に香港政府飛行服務隊(GFS)が入った。2020年8月に香港から台湾へモーターボートを使って密航しようとした12人の香港人がいたが、中国沿岸警備隊に拿捕された。GFSはそのアシストをしたと言われている。この12人は中国に送られ、深圳で裁判が行われた。12月30日に判決が下され、10人に懲役3年から7月の実刑判決となった。残るの2人は未成年ということで不起訴となり香港警察に引き渡された

 翌12月22日、デモ活動で若者らの抗議活動の際にマスクなどで顔を隠すことを行政長官の権限で「緊急状況規則条例」を発動して禁止した措置をめぐり、基本法に違反するかどうかが争われた裁判で、終審法院は「基本法に違反しない」との判断を示した。

 このほかにも、香港最大のテレビ局、無線電視(TVB)では国安法のメリットに関しての数分間の番組「國安有法香港安穏」をほぼ毎日放送している。このように小さな中国化がどんどん進んでいるのが現状だ。

そう簡単に香港脱出はできるものではない

国安法のプロパガンダ的番組のオープニング

 香港の歴史を考えると、中国本土から逃げてきた人が多く、香港を経由して世界に行く「乗り換え地点」だった。しかし、歴史を積み重ねるうちに永住する人が増え、香港生まれが増えた。デモを起こした若者には「乗り換え」という概念はない。だからこそ、香港こそ我が故郷と思う「本土派」が生れた。

 国安法を受け香港を脱出する機運が生まれているが、日本ではそれが大きなうねりと考えられているようだが、そうではない。イギリス政府は「イギリス海外市民旅券(BNOパスポート)」を持つ香港市民に対して、2021年1月からイギリスでの市民権取得を促す方針を出したが、“ブレグジット”をした選択した国が、市民レベルでみた時、香港人を受け入れるだろうか? そもそも移民とはより良い生活を求めて引っ越すことだが、香港人は後ろ向きな気持ちで移住することになる。そんな中で現地の生活に馴染むのは大変だ。

 香港人に最も人気の移民先である台湾。同政府は「台港服務交流弁公室」という事務所を設置し、香港受け入れの意思を示した。しかし、移民には多額のお金がかかる。台湾の国家発展委員会は香港とマカオ市民が台湾への投資移民について、投資金額を200万台湾ドル(740万円)にするという案を出した。台灣移民署は12月10日、2020年1月~10月までの香港人の移民許可数は前年比71.2%増の7474人と発表した。確かに大幅に増加したが、香港の全人口750万人のわずか0.001%と考えれば、ハードルの高さが分かるだろう。

 そのせいか、現実を受け入れ、休日にはいつものようにハイキングに行くなど、コロナの事はあるが従来と変わらない暮らしをしている人も多い。


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