2024年12月22日(日)

WEDGE REPORT

2020年5月26日

24日、「国家安全法」導入に抗議する香港市民(AP/AFLO)

 中国の国会に相当する全国人民代表大会(全人代)の張業遂報道官は5月21日夜、記者会見を行い、香港において国家の分裂、転覆などを図る行為を禁じる「香港版国家安全法」を議題にすると明らかにした。

 「1国2制度」を適用されている香港は、中国とは全く法体系が異なるが、2019年の逃亡犯条例改正案によるデモで危機感を持った中国政府は、事実上の1国1制度に転換しようとする動きを見せている。

コロナ禍で一気に勝負に出る中国

 「混乱に乗じて……」は権力者が使う常とう手段であり、中国政府はその使い方を知っている。一党独裁により新型コロナ対策において力技を使えるので、世界より一足先に問題を落ち着かせることができた。それは、新型コロナ以外の懸念事項にリソースを振り向けられるようになったことを表す。

 その1つが香港対策だ。逃亡犯条例改正案について、その危険性を感じた一部の香港人が19年3月末にデモ起こし、6月9日に100万人規模の大きなデモに発展。それ以来、香港は逃亡犯条例改正案反対デモ一色となった。しかし、その後、新型コロナが世界中で猛威をふるい、香港も中国と陸続きであるため、直接的に影響を受け、デモがしづらくなった。

 香港政府は、2003年の重症急性呼吸症候群(SARS)終息後に香港基本法23条に基づく「国家安全条例」の制定に動いたことがあった。日本的に言えば「治安維持法」のようなものだ。SARSが終わったばかりで経済も落ち込んでいる中で、この条例が出てきて香港人の怒りは大爆発。当時としては異例の50万人のデモが発生し、この結果、法案は事実上棚上げされた。逃亡犯条例改正案のデモは、この時の「民意で政治は動かせるんだ!」という市民の成功体験の延長線上にある。

 中国政府が制定しようとしている香港版国家安全法は、香港基本法18条を利用して適用しようとするものだ。18条の主旨は、「付帯条項3」以外の中国政府の法律は適用されないというもので、付帯条項3への法令追加は全人代常務委員会が行うとしている。つまり、付帯条項3については、中国政府の法律が適用されるということだ。

 付帯条項に法令が追加された後の取り扱いについては、その内容に基づき香港立法会で実際の法制化を進めるのが一般的だ。しかし18条には、香港政府が状況をコントロールできなくなり、国家の統一や安全に対して動乱が起こった場合、中国の全人代常務委員会が香港を緊急事態に指定して、中央政府が国内法施行の命令を出すことがあるという記載もあり、付帯条項に追加された法令を、香港政府を通じてそのまま公布する場合もある。

 1997年の香港の中国返還以降、首都、国旗、国籍、領海などについて13本の付帯条項3が作られたが、そのほとんどが香港立法会によって法制化されている。

 だが、今回の香港版国家安全法の草案には「附件三、由香港特別行政区在当地公布実施」という記載がある。これは、中国政府は香港の状況を緊急事態と捉えて、その上で、後者の香港政府を通じてそのまま公布するパターンを採用したということである。つまり、香港側はこの法律に対して何もすることができない。28日に全人代で表決が行われる見込みだが、賛成多数になるというのは想像に難くないだろう。その後、全人代常務委員会が細かな作業を行い、最速では8月に公布されると思われる。

香港政府を見限った中国

 中国は2015年7月に「国家主権と領土保全の維持は香港、マカオ、台湾住民を含む中国人民の共同義務」と規定した「国家安全法」を制定・施行しており、付帯事項3を巧みに利用して香港版国家安全法を作ろうと考えた。

 そして今回、中国政府は香港政府をある意味、見切ったのかもしれない。事実上タブーである国家安全条例の法制化は見込めず、新型コロナが香港である程度収まったことで逃亡犯条例改正案のデモは再び頻発し始めており、抑え込むことができていないからだ。「香港政府が無理なら自分でやってしまった方が早い……」と。

 筆者は、中国政府が香港を飲み込むのは、47年に1国2制度が終わる時以外では「香港の金融センターとしての地位が低下し、外国企業にとって魅力的な都市ではなくなった時」だと考えている。米国は19年に「香港人権・民主主義法案」を可決し、香港に通商上の特別な地位を与えているが、次の報告で特別な地位がなくなった場合、外資系企業がシンガポールなどにオフィスを移す事が十分考えられるからだ。

 もう1つの可能性としては、「国際的な非難を浴びてもいいから、香港の混乱を収め、その結果、香港が単なる中国の1都市としての扱いで構わない」と腹をくくった時だ。

 習近平は「中国の夢」を理念に抱えているが、長い歴史の中で今の状況が中国人にとっては異常で、羅針盤、火薬、紙、印刷を発明するなど先進国で大国であったという自負がある。上海が列強の租界地になったり、香港を失ったという事実は国辱でしかない。1平方メートルでも国土を失う事は許されないのだ。一部で独立の機運がある香港の動きは全く容認できない。法制化が進めば、1国2制度の形骸化はさらに進むだろう。


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