2024年11月5日(火)

WEDGE REPORT

2020年10月24日

 2019年4月、逃亡犯条例改正案草案が立法会に提出され、それが6月の大規模なデモに発展していったのは記憶に新しい。その後、2020年7月1日に施行された香港国家安全維持法によって1つの節目を迎えた。そのデモの中心的役割を果たしたのが若者だ。彼らはどういった教育を受けてきたのか紹介しつつ、日本に留学している香港人2人に話を聞いた。

『THE CROSSING ~香港と大陸をまたぐ少女~』
という香港学生を描いた映画

香港社会を、学生を通して描いた「THE CROSSING」((C)Wanda Media Co., Ltd)

 日本では2020年11月20日から『THE CROSSING ~香港と大陸をまたぐ少女~』という香港映画(2018年、中国。白雪監督)という映画がTOHOシネマズシャンテほか全国順次公開される。深圳などに住む香港市民権を持つ子どもが、香港の学校で勉強することを指す「越境通学」という。香港出身の父と中国大陸出身の母を持つ 16 歳の高校生ペイは、毎日深圳から香港の高校に通い、お金持ちの香港人の親友ジョーと北海道旅行を夢見る。アルバイトなどをしていたが、あることから稼ぎの大きいスマートフォンの密輸に携わることになる。

 越境通学、密輸、ひいては並行輸入というのは筆者も取材したこともあるが、映画は香港社会や家族、越境してくる学生は香港化していくなどを丁寧に描写しており香港社会を知る一助になる。こういった映画で描かれていた生徒たちの一部が現実にデモに参加していた。

「教員免許取り消し」「教科書から三権分立が消える」
「タイガー・マザー」

 国安法が制定されてから、香港の教育を取り巻く環境が激変しているが、香港人ひいては中華系の人々にとっての教育という概念を説明したい。中国は猛烈な競争社会であり、1人っこ政策の名残で子どもの教育にはいかなる投資もいとわない。香港も同じで小中高大と節目ごとに試験がありどんどんふるい落としにかけられる。それは「教育は我が子の将来を保証するもの」と信じているからだ。

 世界にいる中華系の人々の同じDNAであるようで2011年にアメリカで『BATTLE HYMN OF THE TIGER MOTHER』というスパルタ教育をした中国系アメリカ人でエール大学で教鞭を取るエイミー・チュア教授が書いた本がベストセラーになった。詳細は割愛するが、その内容はすさまじい(参考『タイガー・マザー 中国人教育ママの実態』)。

 香港では2020年5月に行われた「香港中學文憑考試(DSE)」という日本で言うセンター試験で「1900年~45年、日本は中国に不利益を与える以上に利益をもたらした。同意するか?」という設問が出され、内容が誘導的ということで香港政府がテストを作成した機関に注意した。同年8月には「通識(Liberal Studies)」という科目において「三権分立」の記述が削除された。それについて林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は「香港は行政主導のシステムで三権分立はない」と発言。

 法曹界からは反発の声があがり、9月18日、終審法院のオーストラリア籍のジェームス・スピーゲルマン判事が国安法を理由に辞任にする事態に発展した。さらに香港政府は10月6日、授業の中で独立を児童に広める授業をしたとして小学校教師の免許を取り消したことを明らかにした。つまり、中華系のDNAとして教育の重要をわかっているからこそ、中国政府は香港政府を通して教育問題に圧力をかけてきたとも言えるだろう。

香港の歴史授業では実質アヘン戦争しか学ばない

 筆者がこの題材を取り上げた理由は、昔から通識教育については親中派からやり玉に挙がっていた上に、逃亡犯条例改正案の時に香港人大学生に「1国2制度」について話を聞いた時「これはイギリス政庁からの最後の贈り物」という言葉を聞いたからだ。1国2制度は送りものではなく、イギリスは統治の延長を求めたが中国政府は拒否したことで生まれた妥協の結果だからだ。それゆえに香港人がどう歴史をどう学んだのか知りたくなったからだ。そして、それがデモを起こす動機を理解する一助になるとも思った。

 香港は、中1が華夏~南北朝、中2が隋~明、中3は清~現在という流れで「中国史」を中学の3年間勉強するが、香港そのものの歴史は短いため、中国史の1つとして香港史を学ぶ。教科書を見ると、各王朝時代について詳しくかかれているが、日本で言えば元寇について1ページ割かれており、内容と神風が神風特攻隊の語源になったことが記述されている。日中戦争については14ページに渡っていて、香港についても1941年12月25日のクリスマスに統治下に治め3年8カ月に渡ったと記述している。さすがに良く書かれてはいない。

 香港は、唐の時代に香港北西部の屯門(Tuen Mun)地区が広州-インド洋の貿易の中継地として736年に軍を置いたことがコラムとして少し書かれているが、やはりアヘン戦争でようやく登場する。アヘン戦争を1つの章として記述し12ページを費やしている。イギリスと中国の両国の政治、経済、社会的背景や軍事力の差など史実に基づいて淡々と書かれている印象だ。

 日本の歴史の教科書において戦後についてページ数は多くないものの、55年体制、高度経済成長などそれなりに書かれているが、香港は、イギリス統治下での歴代総督やHSBCのこと、1967年の香港暴動など、香港の歴史そのものについてはほとんど学ばず、1997年の香港の中国返還について勉強するという形だ。英中の返還交渉も詳しく書かれておらず、大学生が「イギリスからの贈り物」と答えたのも合点がいった。


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