オトナの教養 週末の一冊

2020年9月5日

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 香港国家安全維持法が7月1日から施行され、その後、周庭(アグネス・チョウ)氏の逮捕が日本メディアをにぎわせた。また、民主派寄りの論調を書く「蘋果日報(Apple Daily)」の家宅捜索や、創業者、黎智英(ジミー・ライ)氏の逮捕はそれ以上に香港社会に大きな衝撃を与えた。そんな状況を東京大学で地域文化研究をしている香港人、銭俊華氏は6月10日に『香港と日本-記憶・表象・アイデンティティ』を発行。銭氏に香港についていろいろと語ってもらった。

数多くのメッセージの中には日本語の文字が見える

香港人による香港を知るための1冊を日本語で

『香港と日本-記憶・表象・アイデンティティ』

 筆者は前回の記事の『「香港国家安全維持法」の何が問題なのか?』でインタビューをした大東文化大学の廣江倫子准教授から彼を紹介してもらった。香港研究の第一人者、東大の谷垣真理子教授が彼を評価しているということ、『香港と日本』という本を読んで興味を持ったからだ。

 ご時世として“香港モノ”の本がたくさん出版されているが、香港人ならではの実体験に基づいて書かれているものが含まれている。当然ながら日本人には書けない内容になっているため、香港を日本語でより理解できる本になっている。また、著者は1992年生まれということで現代の香港の若者の思考を理解するにも役立つ1冊だ。香港の事を知っていると自負している日本人でも、バラバラの事として理解していた香港の事を整理できる仕上がりとなっている。

逃亡犯条例改正案のデモは恐怖を感じた

銭俊華:1992年香港生まれ。香港浸会大学卒業。現在、東京大学大学院総合文化研究科博士課程に在籍。専門は地域文化研究。論文に「香港人の民族意識にとっての『日本』」(『華南研究』第4号、日本華南学会、2018)、などがある。共著に、Colonial Legacies and Contemporary Studies of China and Chineseness (Singapore: World Scientific, 2020)がある。戦争の記憶とポップカルチャー研究をするなど、日本と香港を結ぶ新世代の研究者の1人。

 逃亡犯条例改正案のデモが発生した時はすでに日本に留学しており、動画などで状況をずっと見ていたいという。「動画を見ていて、例えば8月31日の件は恐怖を覚えました。地下鉄内で緊急時の警告アラームが鳴っていたのですが、きいたことがなかったので、驚きもしました。また、自分が普段行っていたところが警察とデモ隊が対峙する場所となって『香港はこんな風になってしまったのか…』」と、愕然したそうだ。

 新聞を読んだほか、世界的に見ると若者の間でフェイスブックは古いSNSだが、香港ではフェイスブックが依然として力をもっていて、そこから記事を見ていたという。「それだと好みの記事しか上がってこないのでは?」と問うと「警察のサイトとかもちゃんと行くようにしていた」と適切に判断するためにバランスを取っていた。情報のファクトチェックについては、1つの記事を多角的に見るようにしたという。

 これまでとの変化も感じ取ったと言う。「香港人の政府批判者の中に『勝利』を求める意識が形成されていったからです。過去の社会運動への反省を踏まえ、彼らが求めるのは『公民社会の育成』、『民主主義の意識の育成』あるいは『栄光がある失敗』ではなく『勝利』でした。彼らにとっての勝利とは、特定の法律や政策を撤回させることや行政長官の普通選挙実施などです。

 道徳上の問題や実際に行動する時の個人的コスト、行動の効果や社会への副作用は彼らの考慮に入っているようですが、少なくとも戦略としての道路や建物の破壊、行動者自身の安定と健康な生活の喪失、社会全体の短期的繁栄を放棄することは彼らの手段となっています。昨年からの状況をみると、政府側も英米諸国も自らの『勝利』のために大きいな賭け金を払ったと思います。

 発砲された催涙弾と投げられたレンガは、新たな国際情勢・秩序における無数の表徴の1つしかないかもしれません」と研究者らしく世界全体を俯瞰しつつ冷静に分析する。そんな中で「多くの日本の方が香港のことに関心を持ってくれたことは、とてもありがたいことです」とも話した。

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