2024年12月22日(日)

WEDGE REPORT

2020年8月6日

 香港国家安全維持法は、中国の国会に相当する全国人民代表大会(全人代)常務委員会がにより6月30日に全会一致で可決され、同日午後11時より施行された。これは香港基本法第18条の付属文書3を利用して作られたが、この法律については「1国2制度」の根幹を揺るがすものとして世界中の国々から懸念の声が上がっている。日本人唯一の香港基本法を専門に研究している大東文化大学国際関係学部の廣江倫子准教授に、法律論としての観点から話を聞いた。

(Dilok Klaisataporn/gettyimages)

文面に書かれていることを自在に利用する

プロフィール:2000年大阪大学大学院法学研究科修士課程修了。2001年9月~2002年6月、香港大学法律学院交換留学。2003年一橋大学大学院法学研究科博士課程修了、博士(法学)。2005年一橋大学大学院法学研究科講師。2006年2月‐3月中国社会科学院法学研究所訪問学者。2006年大東文化大学国際関係学部専任講師。2012年4月‐2013年3月オックスフォード大学セント・アントニーズ・カレッジ シニア・アソシエイト・メンバー。現在、大東文化大学国際関係学部准教授。『香港基本法の研究-「一国両制」における解釈権と裁判管轄を中心に』(成文堂)、『香港基本法解釈権の研究』(信山社)などがある。

 中国本土と香港という関係は、日本言えば政府と都道府県となるが、日本の国会が制定する法律と地方自治体が作る条例には整合性が保たれている。しかし、中国と香港の場合、「1国2制度」が採用されているため、中国本土で適用される全国法(全国性法律)は基本的に適用されない。つまり、香港においては香港基本法が最高の法律だ。

 しかも、香港が採用する法体系はイギリスの植民地下だったこともあり、判例をどんどん積み上げていくスタイルのコモン・ローであり中国本土とは法律体系そのものが異なる。そのような状況下で社会活動や経済活動を行ってくると、法律的矛盾点がどうしても出現してくる。そのため、解釈権は全人代が持つことになった。

 香港政府が最初に全人代に解釈を委ねたのは、1999年に香港市民が中国本土の人との間にできた子どもが中国で出生した場合、「子どもに香港の居住権はあるのか?」という問題だった。結果は、香港の終審法院(最高裁に相当)は居住権があるとしたが、香港政府は中国からの移民が大量に来ることを恐れ、全人代に争点となった香港基本法の条文について解釈を求めた。すると全人代は(今では信じられないかもしれないが)終院法院の判決をつくがえして無効とした。

 「あれは香港への移民が増えることを懸念して中国に汚れ役をやってもらおうというところがあったと言われています。あの解釈だけは例外だったという面があります。それを含めこれまでに5回、全人代が解釈をおこなっていますが、そのうち3つが政治的なもので、全て民主化問題に絡むものになっています。いずれも中国側に有利なものでした」と話す。

 国家安全維持法を制定するにあたり大勢の人が驚いた香港基本法第18条の付属文書3を使ったことについては「禁じ手に近いものがあると思います。第18条の起草過程をみても中英共同声明付属文書1のセクション2にある第3段落に書かれている文章を、具体化・立法化したものなのですが、それは、できるだけ中国の法を使わないという主旨があると言われているからです。これに関係する法曹界からのいろいろな論文があります」と語る。

 「一方で、北京大学法学院の肖蔚雲教授や中国社会科学院法学研究所の王淑文所長といった中国側の香港基本法起草委員会のメンバーからみると、主権に関する法律は適用されなければいけない…それが第18条だ』と言っています」と置かれた立場で1つの条文ですら見解が異なる。

 「付属文書3に列記された全国法はこれまでは、国籍とか大陸棚など人権や生活とは関係のないものでした。そう考えると、中国は文面に書かれていることを自在に利用する、立法主旨を無視する側面はあるのかなと思います」と付け加えた。


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