
ルーシー・ギルダー、BBCヴェリファイ(検証チーム)
アメリカのジョー・バイデン前大統領が出した恩赦について、ドナルド・トランプ大統領は「多く」が無効だと主張している。文書の署名が手書きではなく、サイン複製装置「オートペン」によるものだというのが理由。
トランプ氏はこの主張を、自らのソーシャルメディア、トゥルース・ソーシャルへの投稿で展開している。根拠は示していない。
BBCヴェリファイ(検証チーム)は、バイデン氏がいくつかの恩赦に、オートペンではなく自らの手で署名していたことを確認した。
米政府の文書は、デジタルアーカイブの連邦官報に保存される際、大統領の署名にサンプルの署名が使われる。これは、トランプ政権でもバイデン政権でも同じだった。
法律の専門家らは、オートペンで署名された恩赦を無効とする規定は、アメリカの法律にはないとしている。
バイデン氏はオートペンで署名したのか
トランプ氏はトゥルース・ソーシャルで、「眠そうなジョー・バイデンが政治的悪党らの非特別委員会やその他多くの人たちに与えた『恩赦』は無効であり、空虚であり、何の効力もないと、ここに宣言する。オートペンによって(署名が)なされた事実があるからだ。言い換えれば、ジョー・バイデンはそれらに署名していない。だが、より重要なのは、彼がそれらについて何も知らなかったことだ!」と書いた。
トランプ氏は、具体的にどの恩赦を指しているのかは明確にしていない。ただ、2021年1月6日に起きた議会襲撃事件を調べていた下院特別委員会を、同氏は以前、「非特別委員会」と呼んでいた。また、バイデン氏が家族に恩赦を与えたことを批判している。
BBCヴェリファイは、ホワイトハウスで撮影されたバイデン氏の公式写真や、ホワイトハウスの公式Xアカウントに投稿された写真を調べた。その結果、同氏が恩赦に手書きで署名している例をいくつか確認した。
2022年10月には、マリファナ所持で収監されている人々に恩赦を与える命令に、バイデン氏が署名している姿が写真に撮られている。
同じ年、非暴力犯罪者に対する恩赦にも自分で署名している。
バイデン氏がオートペンだけで恩赦に署名したことがあるのかは不明だ。
米CNNは昨年5月、連邦航空当局の資金を1週間延長する法案に、バイデン氏がオートペンを使って署名したと報じた。
BBC ヴェリファイは、バイデン氏の事務所に、オートペンの使用記録を示すよう求めている。また、ホワイトハウスに対し、トランプ氏の主張を裏付ける証拠の提示を求めている。
トランプ氏は、保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」の「監視プロジェクト」から着想を得たと思われる。同プロジェクトは、バイデン氏が1月に出した恩赦19件について、署名がすべてオートペンによる同じものだったとしている。この時の恩赦は、自らの家族や、感染症対策トップを務めたアンソニー・ファウチ氏など政治的な人物に対するものだった。
BBCヴェリファイは、ヘリテージ財団に調査結果について説明を求めている。同財団はこれまでも、バイデン氏の別の文書をオートペンで署名されたとして取り上げ、連邦官報のスクリーンショットを添えている。
連邦官報は、大統領や政府のさまざまな文書を日々、公式に掲載するものだ。すべての文書には、一つのサンプルから作成された標準的な署名が付されている。
国立公文書館の広報は、ファクトチェックのウェブサイト「スノープス」に、「各政権の発足時、ホワイトハウスは大統領の署名のサンプルを連邦官報に送る。連邦官報はそれを使い、連邦官報に掲載されるすべての大統領文書の画像を作成する」と説明した。
BBCヴェリファイは、トランプ政権(1期目も含む)で連邦官報に記録された大統領文書を調べた。すると、そっくりの署名が見つかった。
そうした文書には、連邦議会襲撃事件の暴徒らに対してトランプ氏が出した恩赦も含まれている。
トランプ氏はそれらの恩赦を手書きで署名していた。そのことは、今年1月のこの記事にある動画からわかる。
大統領による恩赦は、司法省も公表している。BBCヴェリファイは、それらの文書がどのように保存記録されるのか、司法省に問い合わせている。
オートペンでの署名文書に法的拘束力はあるのか
BBCヴェリファイが取材した法律の専門家らは、オートペンで署名された米大統領の公文書(恩赦を含む)に法的拘束力はないとする法律はないと話した。
ロンドン・メトロポリタン大学のアンドリュー・モラン教授(政治学)は、歴代の大統領もオートペンを使っていたとし、こう言う。
「重要度の低い文書で、オートペンが使われるのは珍しいことではない」
「ただ、恩赦のような重大なものについては、バイデンが実際に(手書きで)署名したものだと考えていた」
ジョージ・W・ブッシュ政権時代の2005年に出された司法省の通達は、法案が法律になるためには、大統領による手書きの署名は必要ないと説明。
「大統領は、憲法第1条第7節がいう法案への署名を、例えばオートペンを使って付すよう部下に指示することで、済ませることができる」としている。
ブッシュ氏はオートペンを使わなかったが、バラク・オバマ氏は大統領だった2011年に使っている。
さらに、ジョン・F・ケネディ氏やハリー・トルーマン氏といった、それ以前の大統領も使用している。
大統領は恩赦を無効にできるのか
ユニヴァーシティ・コレッジ・ロンドン(UCL)の「民主的立憲政治のためのグローバルセンター」でディレクターを務めるエリン・ディレイニー教授は、バイデン氏の恩赦を取り消そうとするトランプ氏の試みを「不文律の憲法規範への違反」だと話す。
同教授は、恩赦を受けた個人を訴追や再訴追することなしに、トランプ氏がこの試みを前進させることはできない点が重要だと主張。
オートペンを理由にバイデン氏の恩赦を法的に争うことは、議会の可決と大統領の署名によって法案が成立するといった、自動署名を使う米政治の別の側面にも、疑問を投げかけることになると付け加えた。
前出のモラン教授は、大統領が前大統領の出した恩赦を取り消すことは極めてまれだとし、次のように言う。
「歴史上、私が知っている唯一の例は、1860年代のアンドリュー・ジョンソン大統領の任期終了間際にあったものだ。彼はいくつかの恩赦を出したが、それらは認められる前に取り消された。ただ、その数はごくわずかだ」
「もし彼(トランプ氏)が、恩赦を受けた人々を追及すると決心するなら、裁判になるだろう。そしてそこでは、憲法が本当に試されることになるだろう」
(追加取材:タマラ・コヴァセヴィッチ、シャヤン・サルダリザデ)
(英語記事 No evidence for Trump claim about 'void' Biden pardons and autopen)