WEDGE REPORT

2021年4月2日

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高原明生 (たかはら・あきお)

東京大学公共政策大学院教授

専門は現代中国政治。1981年東京大学法学部卒業。88年サセックス大学博士。立教大学法学部教授等を経て2005年より東京大学法学部教授。18~20年に同公共政策大学院院長。著書は『開発主義の時代へ 1972-2014』(共著、岩波書店)等多数。

AIIBに見る中国共産党の
プラグマティズム

 海外でも、一帯一路は歓喜の声をもって迎えられた。世界金融危機の後の中国は、国際経済を引っ張る機関車の役割を果たすようになっていた。途上国のみならず、先進工業国までもが中国マネーを引き込むことに躍起になった。15年3月、中国が設立を呼びかけたアジアインフラ投資銀行(AIIB)の創業メンバーに、締め切りぎりぎりになって英国が名乗りを上げた。すると雪崩を打ったように、独仏をはじめとする欧州諸国やオーストラリア、韓国までもがわれもわれもと参加を決めた。その時の習近平氏の得意や思うべしである。

 ただ、一帯一路はAIIBとはまったく異なる。一つには、AIIBはリアルな国際金融機関だ。設立前には中国が独自のルールを持ち込むことを心配する向きもあったが、蓋を開ければ既存の国際金融ルールにのっとって順調に運営されている。そうしなければ格付けが下がり、資金調達のコストが上がることを中国もよく理解しているのだ。中国共産党の一大特徴はプラグマティズムである。

 AIIBに対し、一帯一路は概念であって実体ではない。例えて言えば〝星座〟のようなものであって、実在しない。実在するのは星、すなわち投資プロジェクトだ。習近平氏は夜空を指さして、「ほら、あそこにドラゴン座が見えるでしょう、あれが一帯一路ですよ」と言って人々を魅了しているようなものだ。もちろん、星空を見上げる人々の眼には人民元が光り輝いている。

 こうした魅力的な概念を発明することにかけては、中国共産党は天才的である。例えば、改革開放もそうだ。改革開放や一帯一路は定義ができない、輪郭のはっきりしない概念だ。しかし聞き心地がよく、人々を魅了し、動かすソフトパワーに満ちている。

 私たちは、そうした概念に幻惑されてはならない。あえて定義すれば、改革開放は鄧小平氏の権威と権力のシンボルであり、一帯一路は習近平氏の権威と権力のシンボルだと言える。だから習近平氏は、改革開放というシンボルをあまり使いたがらないのだ。

新たな言葉「双循環」も
普通のことを言っているだけ

 最近では、「双循環」という言葉が発明された。国内大循環を主とするが、国際大循環も維持するという新たな経済政策を意味しているという。要するに、米国に頼れないので、なるべく生産も消費も国内で完結する方がよい。すべてを自力更生でまかなえるわけではないので対外経済交流も続けるが、内需拡大を主としていくという、至極普通のことを言っているにすぎない。だがなんとなく、「双循環」と聞くと幻惑され、すごい政策が登場したかのような錯覚に襲われる。これが、中国共産党が長年にわたって磨き上げた統治技術である。

 「中国の夢」というフレーズが色褪せたのと同様、いずれは双循環、そして一帯一路という概念も使われなくなるだろう。一般の中国人、そしてわれわれにとっても、それで一向に差し支えない。綺麗な星、つまりよいプロジェクトが残ればよいのだ。また、一つの星を二つの星座が共有することには何の問題もない。われわれ日本の星座は「自由で開かれたインド太平洋」だが、日中の共同事業が第三国で実現すれば、それは二つの星座が共存できることの証となる。

 すでに一帯一路には一時の勢いはないようだ。新型コロナウイルス感染症の影響を受ける前から、中国経済はかなり減速し、以前のような大盤振る舞いはできなくなっていた。中央アジアに高速鉄道を通すのか、無理でしょうという声は、つとに中国国内でも聞こえていた。

 国内でこれから一層厳しくなるのは、景気の刺激を求める勢力と金融秩序の維持を重視する勢力との綱引きである。中国のゼネコンの政治力は強い。それに対し、計画経済の時代以来、財政金融部門は分が悪い。中国の元財政相によれば、財政赤字を削減するためには建設予算を減らすべきだが、それがなかなかできないという。

 中国は減税や補助金、そして公共投資などによって新型コロナの経済的打撃からいち早く回復しつつある。

 とは言え、19年に苦しんでいた構造的な経済問題を解決したわけではない。特に地方では、儲からないプロジェクトによって不良債権がさらに累積する。地方政府、企業、そして家計の債務が増大しているので、金融秩序の崩壊を恐れる習近平氏はデレバレッジ(債務削減)を要求する。だがその一方で、雇用の維持や格差拡大防止のために中小企業への積極的な融資をも求める。どれだけ美しく響く概念がつくられても、雇用が、生活が脅かされれば、中国共産党は人々の信頼を失うからだ。

 だが宣伝の力も強い。人間は、同じことを繰り返し聞かされていると、間違いでも信じ始めるようになる。中国共産党はそれをよく知っている。人民解放軍ですら、世論戦や心理戦を重視している。今や世界中でフェイクニュースや情報操作が問題とされる時代となった。私たちは冷静に、中長期的かつ複合的な視点から中国の政策や社会状況の実態に迫る必要がある。

Wedge4月号では、以下の特集を組んでいます。全国の書店や駅売店、アマゾンなどでお買い求めいただけます。
■「一帯一路」大解剖 知れば知るほど日本はチャンス
PART 1     いずれ色褪せる一帯一路 中国共産党〝宣伝戦略〟の本質
PART 2     中国特有の「課題」を抱える 対外援助の実態            
PART 3     不採算確実な中国ラオス鉄道 それでも敷設を進める事情    
PART 4  「援〝習〟ルート」貫くも対中避けるミャンマーのしたたかさ  
PART 5     経済か安全保障か 狭間で揺れるスリランカの活路       
PART 6    「中欧班列」による繁栄の陰で中国進出への恐れが増すカザフ
COLUMN   コロナ特需 とともに終わる? 中欧班列が夢から覚める日
PART 7      一帯一路の旗艦〝中パ経済回廊〟
PART 8     重み増すアフリカの対中債務
PART 9     変わるEUの中国観 
PART10    中国への対抗心にとらわれず「日本型援助」の強みを見出せ

  
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◆Wedge2021年4月号より

 

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