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2021年5月10日

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梅田邦夫 (うめだ・くにお)

株式会社日本経済研究所上席研究主幹

広島県出身。1978年外務省入省。駐中国日本大使館公使、外務省アジア大洋州局南部アジア部長、外務省国際協力局長、駐ブラジル日本国大使などを経て、2016年10月から20年3月まで駐ベトナム日本国大使。20年5月より現職。

菅首相は昨年10月、就任後初の外遊先であるベトナムを訪問                 (POOL/REUTERS/AFLO)

 中国は世界の覇権を奪取しようと目論み、権益を拡大している。近隣国は目を光らせるが、ベトナムは特に歴史的にもその傾向が強い。ベトナムにとって中国は決して油断したり、隙を見せてはいけない「危険な隣国」だからである。

 ベトナムは、939年に約1000年間に及んだ中華帝国(南漢、唐など)の支配から独立したが、支配を受けていた間にもべトナム人による反乱が繰り返された。その後、19世紀末にフランスの植民地になるまでの900年以上の間、独立を維持したが、その間にも10回以上中国からの侵略を受け、その都度、大きな犠牲を払って中国を追い返してきた。ベトナムの歴史は、正に中国への「抵抗の歴史」であり、歴史上の英雄はほぼ全員が中国との戦いに勝利した指導者である。

 この半世紀の間にも、中国の侵略を3回経験している。1974年、79年、88年である。中国は他国の影響力の及ばない「力の空白」が発生した地域に触手を伸ばすことが好きであり、また、強力な後ろ盾のない相手に対しては躊躇なく武力を使う。

 ベトナム戦争末期の74年、西沙諸島の南半分が中国に武力で奪われた(北半分は以前から中国が占有)。前年の73年に米軍がベトナムから撤退し、南シナ海に力の空白が生じていた。中国は文化大革命の末期であった。

 79年には鄧小平の指示によって約8万人の中国の人民解放軍が陸の国境3カ所から侵略してきた。侵略の理由は、中国の支援を得ていたクメール・ルージュ征伐の為にカンボジアに進攻したベトナムに対する懲罰であった。1カ月の戦闘後、中国は撤退した。なおクメール・ルージュは自国民約300万人を殺した残虐な政権であった。

 冷戦末期の88年には南沙諸島の6つの環礁が武力で奪われた。当時ソ連軍が南シナ海からいなくなり、「力の空白」が生じた直後であった。またベトナムは、カンボジア進駐を継続しており、国際的制裁の下、アジアで最も貧しい国の1つであった。中国も天安門事件の1年前であり、国内は民主化の動きが顕在化してきた時期であった。

 このような歴史的背景もあって、ベトナムでは政府指導者のみならず、多くの国民が強い「対中警戒感」と「国防意識」を有している。そして平時には友好関係の維持に努めるものの、主権侵犯に対しては断固として戦うと明言し、これまでも中国の武力攻撃に対しては行動で示してきている。

 同時に、ベトナムにとって最大の貿易相手国は中国であり、陸の国境も約1150㌔も共有し人的往来も多い。従って無用な摩擦は生まないように「本音」と「建前」をうまく使い分けるしたたかな外交を展開している。また、戦闘で勝利しても「中国のメンツ」を立てて、「お詫びの使者」を歴史上何度も派遣してきている。

 またべトナムは台湾と同様に「チャイナ・リテラシー」が非常に高い。その一例は、新型コロナウイルス対策の「好成績」である。人口約9700万人のベトナムだが、今年3月末時点での感染者数は2603人(累計)、死者は35人(累計)であり、昨年の経済成長率もプラス2.91%であった。

 ベトナムは、中国で感染症発生のニュースが流れた直後の昨年1月第1週には、閣僚レベルで対策会議を立ち上げ、1月末には国境封鎖や中国との航空便停止等の徹底した施策を矢継ぎ早に実施した。好成績の一因は、本当の情報が出てこないなどの「中国の怖さ」をよく知っているからである。

 2018年末に1人のベトナム人の友人が私に次のように語った。「中国の盛衰はベトナム自身の存亡に大きく影響する。中国が弱体化した時にベトナムは平穏な時代を迎えるが、中国が強国になるとベトナムに災いがやってくる。今や災いがくる時代になった。どの国においても、対外政策は国内政策の延長でもある。中国におけるチベット、新疆ウイグルなどの少数民族に対する同化対策と弾圧、また、国内の徹底した監視、<自由>の弾圧など習近平支配下の中国は<全体主義国家>である。万が一にも中国が覇権を有する世界になると、それは人類の不幸の始まりとなる」と。

似て非なる中国とベトナム
共産党体制の相違点

 ベトナムは「共産党一党体制」の国ということで、「中国の弟分」のように見ている人がたくさんいる。私自身も、実際にベトナムで勤務するまでは、両国は似ているだろうと思っていたが、大きな間違いであった。

 実際、ベトナムで勤務していると、この国が「共産党一党統治」の国であるということを忘れることがある。ベトナムと中国との違いを見ることは、ベトナムとアジア情勢への理解を深めるうえでとても有益である。私なりに整理したベトナム共産党と中国共産党の類似点・異なる点は下図の通りである。

筆者作成 写真を拡大

 両国共産党は、一見「器」は似ているが、「統治の中身」は大きく異なる。特に習近平体制下の中国は、国内的には独裁、全体主義的傾向を強め、対外的には中華民族の偉大な復興という「中国の夢」を追求し、「帝国主義的動き」を強めている。

 他方、ベトナムは共産党一党体制ではあるが「集団指導体制」であり、「国民の意向」をできるだけ政治に反映しようと努めている。「強権」を振りかざして国民を徹底的に監視し、弾圧する国になろうとはしていない。その統治手法は、「国民第一主義」といってもよいと思う。対外的には、東南アジア諸国連合(ASEAN)に軸足を置いて全方位外交を展開している。

 また、「国会」、「軍」、「宗教」、「言論の自由」、「少数民族対策」においても両国の違いは顕著である。ベトナムの国会は、共産党や政府の決定を修正したり、拒否することがある。党の言いなりである中国の全国人民代表大会では到底考えられないことである。

 中国の人民解放軍は、中国共産党の「軍」であり、最高司令官は「党書記」である。ベトナムでは、人民、政府および党の「軍」であり、最高司令官は国家主席(政府のトップ)である。「信仰の自由」は中国にはなく、法輪功やチベット仏教、イスラム教など共産党に従わない宗教に対する厳しい弾圧が行われている。ベトナムでは、「信仰の自由」は尊重され、特に国民の8割が信仰する大乗仏教は厚く保護されている。

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