「福島第一原発」で活躍した
米国製軍用ロボットの存在
インタビューの最後に、徳田氏は日本のロボット開発を事例に挙げ、科学技術の凋落ぶりを指摘した。まさにその凋落ぶりを示す事例を私たちは危機のさなかに目の当たりにしていた。10年前の2011年4月、東日本大震災で被災し、原子炉がメルトダウン(炉心溶融)する世界最悪の事故を引き起こした東京電力福島第一原子力発電所でのことである。
水素爆発で構内には瓦礫が散乱し、致死レベルをはるかに上回る放射能に行く手を阻まれ、人間が近づくことのできない原子炉建屋内に最初に投入されたのは、人工知能(AI)を搭載した米国製の多目的軍用ロボット「パックボット」だった。ミニチュア重機のようなロボットにはカメラが搭載され、オペレーターは撮影された映像を見ながら遠隔操作する。ロボットはアームを伸ばして建屋の扉を開けて内部に入り、瓦礫を避けたり、踏み越えたりしながら、放射線量や酸素濃度、温度、湿度などを測定し続けた。このロボットがなければ、事故後の復旧作業は大幅な遅れが生じていたことだけは確実だろう。
このニュースを見たときの衝撃は、今でも鮮明だ。それまでテレビには頻繁に、愛嬌のある2足歩行ロボットやペットロボットが登場していた。にもかかわらず、この国の窮地を救ったのは米国製の軍用ロボットで、日本のロボットは、イザという時に役に立たなかったからだ。と同時に、「またか」との思いに至ったのも事実だ。なぜなら、事故直後から高い放射線量を示す原発の上空を飛び続け、建屋の表面温度などを断続的に測定したのも、米空軍が保有する無人偵察機「グローバル・ホーク」だったからだ。
「パックボット」は、イラクやアフガニスタンなどの紛争地で、地雷や不発弾などを処理する目的で開発されたロボットだが、東日本大震災に限らず、米同時多発テロ(01年)では、崩壊した高層ビルの中から生存者を見つけ出す作業にも投入されている。戦場にも似た大規模な災害の現場で有効な技術の多くは、軍事技術でもあるという証左だろう。
ところが驚くことに、真っ先にこの事態に危機感を持ったのは、日本学術会議だった。同会議のロボット学分科会は14年9月、「ロボット活用による社会課題解決とそれを支える先端研究の一体的推進方策」と題した提言をまとめている。
提言はまず、「福島第一原子力発電所の事故対応に米国の軍事用ロボットが先行投入され、(中略)我が国が後塵を拝している」との現状を示した上で、「原発事故対応で初期に投入されたロボットは、米軍が多額の開発資金と数千台規模の需要を企業に提供し、現場の兵士によるフィールドテストを繰り返して改良し、運用体制を整備し、実戦での使用実績を重ねたものであった」と記している。そして、その教訓として「ロボットを利用する現場当事者と研究開発者が密に協働し、(中略)常時運用できる体制を確立・維持することが災害対応ロボット実用のために不可欠」と結んでいる。
「金科玉条」に固執せず
国家的議論に昇華させよ
提言から何が読み取れるのか。それは軍事技術を否定することなく、ロボットを使う場面を考えながら、研究者と利用者が密に協力、連携することの大切さだ。科学技術は本来、デュアルユースでもあることをはっきりと明示した提言だと思う。
本誌2021年1月号で、東京大学先端科学技術研究センターの玉井克哉教授は、「はやぶさ2」が小惑星リュウグウに接近し、衝突体を突入させたことを事例に、「神経質な外国には、科学研究の名の下に日本が衛星破壊兵器の実験に成功したと映る」と指摘している。提言が示すように、学術会議のメンバーを含めて、すでに多くの科学者は、軍事研究と民生研究との間に線を引くことは極めて困難であることをはっきりと認識しているのだ。
今の日本学術会議をめぐる問題は、昨年秋、菅義偉政権が法学者6人の任命を拒否したことが発端だが、同会議が安全保障に関わる研究を忌避する問題は、任命拒否以前の論点だ。「軍民融合」を進める中国で、先端技術研究に取り組む日本人科学者も少なくない。今こそ、デュアルユース技術の研究を促進させる国家的議論が必要だ。
いつまでも金科玉条に固執し、日本の科学技術が日本の安全に生かされない状況を放置することは許されない。それは同時に、科学技術立国の凋落を防ぐ唯一の手立てでもある。
■昭和を引きずる社会保障 崩壊防ぐ復活の処方箋
PART 1 介護 介護職員が足りない! 今こそ必要な「発想の転換」
PART 2 人口減少 新型コロナが加速させた人口減少 〝成長神話〟をリセットせよ
PART 3 医療 「医療」から「介護」への転換期 〝高コスト体質〟からの脱却を
PART 4 少子化対策 「男性を家庭に返す」 これが日本の少子化対策の第一歩
PART 5 歴史 「人口減少悲観論」を乗り越え希望を持てる社会を描け
PART 6 制度改革 分水嶺に立つ社会保障制度 こうすれば甦る
Column 高齢者活躍 お金だけが支えじゃない 高齢者はもっと活躍できる
PART 7 国民理解 「国家 対 国民」の対立意識やめ真の社会保障を実現しよう
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