アメリカの人工妊娠中絶が政治問題化している理由の1つは、擁護論にフェミニズムが絡んでいるからです。争点は女性の選択権です。「プロチョイス」に賛成することが、民主党の政治家には踏み絵になっている。
振り子のように常に両極端なもの、もっとも保守的なものと、ラディカルまでにリベラルなものが同じひとつの国から出てくる。分裂している緊張や刺激の中から新しいものが生み出されていくところにアメリカの興味深さはあります。
ただ、ややこしいのは有権者の政治的なアイデンティティは1つだけではないことです。例えば、ミット・ロムニーはモルモン教徒なわけですが、これに対して世俗派は問題視しないものの、敬虔なキリスト教福音派は抵抗感があるとされていました。
しかし、2012年の予備選では、保守的な農村で票が伸びなかったロムニーも、都市部の高学歴層の間では、プロテスタント教徒の票も獲得しました。オハイオ州では、カトリック教徒は、カトリック教徒のサントラムより、モルモン教徒のロムニーに多く投票したほどです。宗教だけでは投票行動が理解できない。経済階層も絡んできます。「反オバマ」で、現実的にロムニーの当選可能性を評価した人もいる。
1人の人のなかに様々な要素が重なっていて、選挙の争点ごとにどれかが突出します。同じ選挙区でも選挙サイクルごとに結果が違うし、政治・経済の情勢次第で、選挙でどのアイデンティティを優先するか決まります。複数の候補が乱立していれば、相対的に優劣が決まります。
――分裂の具体的な例として昨今ではティーパーティー運動があると思います。ティーパーティー運動をどのように捉えればよいでしょうか?
渡辺氏:運動の起源は、ジョージ・W・ブッシュ政権末期の共和党穏健化への反発です。運動の2期はオバマ政権への反発です。2010年中間選挙で旋風を起こしました。
保守派にとってブッシュ政権の大罪は「大きな政府」化です。財政赤字、長期化するイラク戦争の戦費。そして、決定的だったのが2008年の金融危機後に金融安定化を目指した不良資産救済プログラムです。TARP(The Troubled Asset Relief Program)と呼ばれるものです。これは本書でも冒頭で扱っていますが、ティーパーティ活動家にインタビューすると、共通性があって、ほぼ全員「TARPが問題だった」と語ります。税金でウォール街を救済したと。
さらに、ブッシュ政権でもう1つ評判が悪かったのが、連邦政府の私生活への介入です。テロ対策強化による自由の侵害の問題です。電子メールなど個人情報の調査権限を当局に与えた愛国者法(Patriot Act)に反発したのは、社会リバタリアンでした。空港のX線による身体検査などもプライバシーの侵害だとして論争が起きています。