2024年12月22日(日)

海野素央の Democracy, Unity And Human Rights

2021年6月19日

 今回のテーマは、「米ロ首脳会談 トランプとは一線を画したバイデン」です。バイデン政権発足後、初の米ロ首脳会談が6月16日、スイスのジュネーブで開催されました。約3時間半にわたった協議の中で、ジョー・バイデン米大統領はロシアのウラジミール・プーチン大統領に対して、ドナルド・トランプ前大統領とは全く異なった路線を打ち出しました。

 本稿では記者会見におけるバイデン氏の言葉に基づいて、プーチン氏に対する新たなアプローチを分析します。

(Barks_japan/gettyimages)

「我が国のDNA」

 バイデン大統領は記者会見で「米国の大統領は民主主義の価値観を守り、基本的自由を支持しないならば、米国民の信頼を守ることができない」と述べ、民主主義及び自由が「我が国のDNAである」と語気を強めました。

 さらに、バイデン氏はプーチン大統領に「人権問題を引き続き取り上げる」と伝えたと明かしました。「人権侵害に反対の声を上げなければ、米国の大統領とはいえない」と強調し、人権擁護に対する強い決意を示しました。

 上の発言には民主主義や人権を軽視したドナルド・トランプ前大統領は、米国の大統領として「失格」であったというメッセージも含まれている点は決して看過できません。バイデン氏は、トランプ氏と自分は違うことを明確にしたかったのです。

「我々は友達ではない」

 トランプ前大統領はキム・ジョンウン朝鮮労働党総書記を「友達」と呼びました。米国で新型コロナウイルスの感染が拡大するまで、中国の習近平国家主席について「私は彼のことが好きだ。彼も私のことを好きだと思う」と述べていました。加えて、プーチン大統領とも良好な関係を築きました。

 確かに首脳同士の人間関係の構築は重要なのですが、トランプ政権における米朝関係を見ると、個人的な関係が問題解決へと至るとは必ずしもいえません。ベトナム・ハノイで19年2月に開催された米朝首脳会談は結局「決裂」に終わり、北朝鮮の核・ミサイル問題解決への道を見出せませんでした。 

 他の例も挙げてみましょう。安倍晋三前首相はプーチン氏と首脳会談を積み重ね、ファーストネームで呼び合い、友人関係を演出しましたが、肝心の北方領土は返還されませんでした。

 現時点でバイデン大統領はプーチン大統領との個人的な関係構築により、米ロが抱えている諸問題を解決しようという意思はないようです。実際、「我々は友達ではない」と明言しました。今後のプーチン氏の行動を検証してから信頼できるのかを決めると言うのです。まだ見極めの段階です。この点もトランプ氏と相違しています。

「馬鹿げたたとえだ」

 記者会見でプーチン大統領は、毒を盛られたロシアの反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏の収監に関して、「彼は法律に違反したからだ」と説明して正当化しました。一方、バイデン大統領はロシア政府による人権侵害であるという立場を貫いています。

 プーチン氏は反撃に出ました。「ブラック・ライブズ・マター(BLM) 黒人の命だって大切なんだ」運動を取り上げて、米国社会では黒人が警官によって殺害されていると反論したのです。加えて、今年1月6日に発生した米連邦議会議事堂乱入事件にも言及し、反体制派の400人がテロリストとして起訴されたと追及して問題視しました。米国社会にも人権侵害が存在すると指摘したのです。

 バイデン政権から新疆ウイルグ自治区の人権侵害を、民族浄化を狙って意図的に危害を加える行為「ジェノサイド」と認定された中国共産党と同様、プーチン氏は議論のすり替えを行いました。ロシアの人権侵害について、「米国がまず自分たちの頭の上にとまっているハエをはらえ」と、痛烈に批判したのです。

 バイデン氏は記者会見で、プーチン氏がナワリヌイ氏収監と、BLM運動及び米連邦議会議事堂乱入事件を比較したことについて、「馬鹿げたたとえだ」と一蹴しました。バイデン政権はBLM運動を抑圧していないからです。また、トランプ支持者による議事堂乱入は民主主義に対する破壊行為とみているからです。

 米国は独裁主義者から批判される筋合いは全くないと、バイデン氏はプーチン氏に言いたかったのでしょう。

「16分野のリストを渡した」

 プーチン氏は米石油パイプライン企業や世界最大の食肉加工メーカーに対するランサムウエア(身代金要求型ウイルス)を使用したサイバー攻撃に関して、「ロシアは関与していない」と述べて全面的に否定しました。そのうえで、世界で最もサイバー攻撃を仕掛けている国は米国で、次にカナダと英国だと主張しました。

 これに対して、バイデン氏は首脳会談でエネルギーや水道など、サイバー攻撃の対象にしてはならない16分野をリストして、ロシア側に提示したことを明かしました。16分野を「レッドライン(超えてはならない一線)」に設定した訳です。

 仮にロシアが16分野を標的にしてサイバー攻撃を続け、レッドラインを超えた場合、バイデン大統領は相応の対抗措置を講ずると、強気の発言をしました。「我々にはサイバー分野で極めて高い能力がある。米国がロシアのインフラやパイプラインにサイバー攻撃を仕掛けたらどうなるだろうか」と、プーチン氏に伝えたと言うのです。

サイバー攻撃を阻止したい本当の理由

 首脳会談でプーチン氏を脅迫しなかったとバイデン氏は語りましたが、ロシアの米国へのサイバー攻撃に関してはかなり強硬姿勢に出たことが分かります。それには明確な理由が存在します。

 ロシアのサイバー攻撃によるガソリン不足や食肉価格の高騰は、有権者の生活に直結するからです。

 つまり、バイデン氏の支持率や22年中間選挙、24年大統領選挙に影響を及ぼす可能性が高いということです。サイバー攻撃を是が非でも阻止したい本当の理由はここにあります。

ロシアが対中国政策の足かせ

 米ロ首脳会談の前にバイデン大統領から「魂がない人間」「殺人者」と形容されたプーチン大統領は記者会見で、「バイデン氏は経験豊かでバランス感覚がある」と称賛しました。帰国後も、バイデン氏について「疲れを見せず、元気一杯で実務的な方だった」と肯定的なコメントをしました。

 そのうえで、プーチン氏は「サイバー犯罪に対して(米ロが)力を合わせるべきだ」と語りました。あくまでも、米国への一連のサイバー攻撃はロシアが仕掛けたものではではないというメッセージを発信しました。

 「本丸」中国に時間とエネルギーを注ぎたいバイデン氏ですが、ロシアとの関係で力を削がれることになるかもしれません。

  
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