闇くじは、ベトナム人にとって血の一部
「“熱中”というレベルではありません。闇くじは、ベトナム人にとって血の一部と言えるほど。労働者たちには、日々の賃金の半分を生活費に使い、残りの半分は闇くじに賭ける、という暮らしが染みついているのです」
チャン監督は1990年、ベトナム南部の大都市・ホーチミンの生まれだ。ホーチミン市映画演劇大学に在学中に製作したショートフィルム「16:30」が、カンヌ国際映画祭で上映され注目を集めた。このショートフィルムをもとに自身初の長編「走れロム」を監督し、アジア最大の映画祭である韓国・釜山国際映画祭で新人監督部門最優秀作品賞を受賞するなど、海外で高い評価を得ることになった。
「走れロム」は、ホーチミンの裏町にある共同住宅を舞台に物語が展開する。チャン監督の実弟が演じる主人公・ロム少年を通し、庶民たちが闇くじに人生を賭ける有り様が描かれる。ロムは幼い頃、家族で住んでいた共同住宅から地上げで追い出され、親に捨てられたストリートチルドレンだ。そして闇くじの予想屋をして生きている。こうした設定の背景には、チャン監督の個人的な体験もある。
「私は今も共同住宅で、4世代の家族20人以上と一緒に生活しています。家があるのは、サイゴン(ホーチミン)で再開発が進む、有名なトゥティーエム地区に隣接した場所です。私が5歳のとき、立ち退き命令が出ましたが、現在まで開発計画は進んでいない。いったん立ち退き命令が出ると、家を修繕することもできません。お金がないので引っ越しするのも無理。サイゴンの7〜8割の人々は、私と同じような境遇にいる。そうした絶望的な環境にいる人たちの姿を映画にしたのです」
チャン監督は故郷の町を「ホーチミン」ではなく「サイゴン」と呼ぶ。そこに現政権への複雑な思いが読み取れる。
第一次インドシナ戦争(1946−54年)
それから半世紀近くが経ち、ベトナムは経済成長の真っ只中にある。だが、その恩恵は庶民には及んでいない。都市部では物価が急上昇し、逆に生活は苦しくなってすらいる。しかも地上げによって、十分な補償もなく立ち退きを余儀なくされるケースも多い。
経済が成長しても、ベトナム人は幸せになってはいないのだろうか。チャン監督に尋ねると、きっぱりとこう言い切った。
「私はそう思います」