2024年4月24日(水)

Wedge REPORT

2021年7月7日

なぜ地上げシーンはカットされたか?

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 実は、「走れロム」はベトナム国内での公開時、海外の映画祭で上映されたオリジナルから一部のシーンがカットされた。その1つが、地上げに関するエピソードである。

 オリジナルは、外国資本が共同住宅に地上げを仕掛け、住民が抵抗する設定になっていた。外国資本の国籍までは明らかにされないが、漢字の書類で中国人による土地買収であることが仄めかされる。このシーンに当局の検閲が入った。

 近年、中国企業や富裕層によるベトナムの土地買収が相次いでいる。外国人はベトナムの土地を所有できないが、ベトナム人の名義を使えば可能だからだ。

 外国からの投資が増えれば、土地の値段は高騰する。所有者には富がもたらされる一方、庶民は地上げの犠牲となる。そもそもベトナムには、中国からの侵攻が繰り返されてきた歴史がある。現在も南シナ海で領有権をめぐる争いが続いている。そんな事情も影響し、ベトナム人の間には反中感情が根強い。最近では「反中」を掲げ、禁止されているデモまで起きるほどだ。

 一方で、ベトナム政府は中国からの投資を受け入れ続けている。ベトナムで大きな金が動くときには、必ず政府関係者の利権が生じる。庶民の間には、関係者が賄賂と引き換えにベトナムの土地を売り渡している、との疑念が強い。

 考えてみれば、皮肉なものだ。かつてベトナムは、戦争を通じて米国を国から追い出した。そのベトナムで、今度は中国資本による土地買収が増え、結果として庶民が苦しんでいる。そうした現状を、チャン監督は映画で批判しようと試みた。

 ベトナム当局としては、できれば国民に見せたくない映画だったかもしれない。だが、一部シーンのカットを条件に上映は認めた。海外で高く評価されたため、当局も上映禁止にはできなかったようなのだ。

 チャン監督は、闇くじにハマるベトナム人たちの心理をこうも解説する。

「貧しい人ほど、人生を変えたい、という渇望感を持っています。しかし、その術が彼らにはない。だから勝てば金が70倍になる、闇くじに賭けるしかないのです」

 そんなベトナム人にとって、人生を変える手段がもう1つある。それは海外へ出稼ぎに行くことだ。そして最大の出稼ぎ先が日本である。

 ただし、日本への出稼ぎには費用がかかる。最も一般的な手段である実習生の場合で、100万円近くが必要だ。留学生になると、日本語学校に支払う学費が加わるため、費用は150万円前後にも上る。出稼ぎを希望するのは貧しい層の若者だ。そのため費用を借金に頼るしかない。

 多額の借金を背負っての出稼ぎは、彼らにとっては闇くじにも似た「賭け」と言える。そして闇くじがそうであるように、賭けに勝つのは容易ではない。

 ベトナム人たちは来日後、日本人の嫌がる肉体労働に明け暮れる。しかし、思ったほどには稼げず、借金はなかなか減らない。何より、日本での生活には楽しみがない。ふとベトナム語のSNSをのぞけば、ベトナムで慣れ親しんだ闇くじの誘いが目に飛び込んでくる。その誘惑に負け、彼らは闇くじにハマって、せっかく稼いだ金を失ってしまう。遠く離れた日本まで、闇くじはベトナム人たちを追いかけてくるわけだ。

 ベトナム人の出稼ぎ労働者は、チャン監督は次作のテーマでもある。闇くじと同じく、ベトナム社会の暗部を象徴する問題だ。彼は映画作りに込めた思いをこう話す。

「私にとって映画とは、現実社会を変えるための手段です。ストーリーや登場人物を通じ、社会に問題提起をしていきたい。映画を見た人が影響を受け、それまでとは違う選択をしたり、行動を起こす作品をつくりたい」

 チャン監督ならば次作でも、ベトナムのメディアはもちろん、日本の新聞やテレビも触れない闇を暴いてくれることだろう。

映画『走れロム』
7月9日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー
監督:チャン・タン・フイ
出演:チャン・アン・コア、アン・トゥー・ウィルソン
プロデューサー:トラン・アン・ユン
2019年/ベトナム/ベトナム語/カラー/DCP/2.39:1/79分/日本語字幕:秋葉亜子
原題:ROM/提供:キングレコード/配給・宣伝:マジックアワー
公式サイトwww.rom-movie.jp

  
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