6月15日、ハンガリー議会は反LGBT+の法案を可決したが、EU加盟国および欧州委員会の強烈な非難に遭遇している事態について、6月29日付の英フィナンシャル・タイムズ紙が、オルバン首相は遂に一線を超えたかという社説を書いている。
EUおよび加盟国首脳は遂に我慢の限界に達したのかも知れないというのが、フィナンシャル・タイムズ紙の社説である。EU首脳会議の場を含め、ハンガリーに対しては非難の合唱の様子であり、唯一ハンガリーの弁護に回ったのはポーランド首相モラヴィエツキであった。
問題の法律は、同性愛やトランスジェンダーに係わる内容をメディア、映画、広告、学校の性教育などを通じ 18歳未満の子供に触れさせないことを趣旨とするものである。ハンガリー政府は、法律は子供の権利を守り、親の権利を保証するものであり、差別の要素は含んでいないと主張している。
オルバン首相は、かねてから移民、イスラム教徒、ユダヤ人、LGBTコミュニティを敵視し、彼の保守支持層に訴えることをやって来たが、今回の動きも来年の議会選挙を睨んだ文化戦争だというのが、フィナンシャル・タイムズの社説の見立てである。また、それによって民主的・法的チェック・アンド・バランスが崩れたハンガリーの実情に対するEUの懸念から注意をそらそうともしていると観察している。
6月23日、フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は、ハンガリーの法律は「恥」だと言い、「法律は性的な性向に基づいて人々を明確に差別している。EUの基本的価値に反している」「すべてのEU市民の権利が保証されるよう欧州委員会のすべての権限を行使する」と述べた。オランダの首相ルッテは、もし、ハンガリーがEUの価値を分ち合えないのなら、EUを離脱すべきことを示唆した。
事態打開のために、フィナンシャル・タイムズ紙の社説は財政的な梃を使うことを推奨している。アイルランド首相のマーティンは「一線を超えた。それが資金援助に関する将来の決定との関連で意味を持つことは確かであろう」と述べたというが、この社説が示唆するように、復興基金のハンガリーへの資金供与に当たって、殊更に厳格な審査を行うことでハンガリーに圧力をかけることは有り得る選択肢であろう。
ただし、復興基金による資金援助に「法の支配」のコンディショナリティを導入する仕組みが作られたが、この仕組みは未だ発動可能でない。何故なら、ポーランドとハンガリーにこの仕組みを呑ませる妥協として、両国が欧州司法裁判所にEU法との整合性を精査するよう要求することを認めた経緯があり、現に、去る3月、両国は欧州司法裁判所に訴えを起こしている。しかし、問題の法律は「法の支配」を蔑ろにするものだとの議論は可能でも、この仕組みはEUの財政的利益を守る、具体的には EUの予算と復興基金を詐欺、腐敗、利益相反から守ることが目的であり、発動可能となっても、直ちに適用可能のようには思われない。
四面楚歌の圧力でオルバン首相が法律の撤回にどう動くか(未だ、法律は大統領の署名を得ていない)、分からない。しかし、ここでEUが引き下がるようでは鼎の軽重を問われるであろう。EUがハンガリーに財政支援に関する制裁の圧力をかけたとしても、文化、宗教的価値観にもかかわる、国家主権の問題でもあり、解決は容易ではないかもしれない。
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