WEDGE REPORT

2021年4月9日

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ヴォルフガング・パーペ

元欧州委員会アジア戦略担当

1981年独フライブルク大学で法学博士学位取得。欧州委員会で30年勤務、外交官として東京にも赴任。著書に『東アジア21世紀の経済と安全保障』(田中素香・佐藤秀夫訳、東洋経済新報社、1997年)。「汎地球主義(omnilateralism)」は2021年刊行予定の著書タイトルに採用。

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渡邊頼純 (わたなべ・よりずみ)

関西国際大学国際コミュニケーション学部長・教授

1953年生まれ。上智大学大学院国際関係論専攻で修士号取得、博士課程後期を単位取得満期退学。専門は国際政治経済論、GATT・WTO法、欧州統合論。GATT事務局経済問題担当官、外務省経済局参事官などを経て2019年4月より現職。慶應義塾大学名誉教授。2015年4月より三菱ふそうトラック・バス株式会社監査役。

新型コロナの変異ウイルスに悩む欧州。ワクチン接種や経済支援など、独・メルケル首相と仏・マクロン大統領が奔走する (SEAN GALLUP/GETTYIMAGES)

 「どちらからお越しですか?」。新型コロナウイルスが世界的に流行する前、外国に旅行するたびによくこんな質問を受け、私は「ヨーロッパから」と答えていた。ニューヨークの高校に通っていたころ、周囲の人たちが自分を「アメリカ人」と呼びながら、本来はそこに含まれるべきカナダ人やメキシコ人を無視している姿を目にしていたからだ。もちろんヨーロッパも単に欧州連合(EU)だけを意味するわけではない。EUに含まれない東側の国々も含まれる。

 だが、イギリスのブレグジットをめぐる交渉により、EU加盟国の結束はむしろ強化された。イギリスが被るマイナスの影響や損失が次第に明らかになったからだ。複数の調査によれば、ヨーロッパ統合には利点があると考えるEU市民は増えている。ドイツでは、その割合が過去15年で最高の73%に達した。脱退したイギリスでさえ、EUを支持する人が60%にのぼる(2020年8月ピュー・リサーチ・センター調査)。そんなEUをめぐる、21年の諸問題について触れていきたい。

 現在ウイルスの変異株が現れ、ヨーロッパ諸国は相次ぐ感染の波にさらされている。ドイツのメルケル首相も昨年3月に隔離を余儀なくされたが、すぐに回復し、その後の活躍で70%を超える支持率を獲得した。7月には、フランスのマクロン大統領と手を組んでEU加盟国を説得し、総額1兆8000億に及ぶ予算(21~27年)と経済回復プランを成立させた。

 メルケルとマクロンのコンビは、これらの受け入れに消極的だった「倹約4カ国」(オーストリア、デンマーク、オランダ、スウェーデン)の説得だけでなく、イタリアの動揺を一時的に鎮めることにも成功した。イタリアの人々は、ウイルスがヨーロッパ全域に広まる以前、ベルガモやミラノ、アルプス地方に押し寄せてきたウイルスとの死闘を真っ先に経験し、置き去りにされたような感覚を抱いていた。EU議会選挙前の19年5月、私が同僚と自転車でポー川流域を遊説していた際にも、現地のポピュリストの政治家から不満げに「ブリュッセル(EU本部の所在地)があまりに遠い」と言われたことがあった。

新たにイタリアの首相となったマリオ・ドラギ氏。技術官僚の「スーパーマリオ」は、多額の復興資金を割り当てられるなど経済的に苦しむイタリアを救えるか
(MONDADORI PORTFOLIO/GETTYIMAGES)

 21年初めの現在、EUは2220億(約28兆円)ものコロナ復興資金をイタリアに割り当てている。ところがイタリアは、またしても個人間および政党間の内紛に陥った。そしてまたしても、この国を救えるのはEUで経験を積んだテクノクラート(専門家、技術官僚)だけだと考えている。「スーパーマリオ」の異名を持つ元欧州中央銀行総裁、マリオ・ドラギである(編集部注・欧州経済危機に苦しんでいた11年にも同じくテクノクラートのマリオ・モンティが首相に擁立された)。

 

ワクチン供給の鍵は開放経済

 公衆衛生の問題については、EUの権限はまだ限られているが、EUは昨年の6月にはすでにワクチン戦略を発表し、安全なワクチンの生産能力の向上を図っていた。欧州医薬品庁(EMA)により承認されたワクチンはクリスマス直前の時期に、加盟27カ国間での不平等を避けるため、同じ条件のもと、同時に配布された。ちなみに、最初にEUの承認を得た米ファイザー・独ビオンテック製のワクチンは、マインツ(独)の移民夫婦により開発され、国境を越えたフランドル地方(ベルギー)の小さな町で製造された。これを見ても、緊急時には自由に動かせるサプライチェーンが必要なことがわかる。20年12月27日から、EU全域でワクチン接種が始まった。

 しかし、やがてワクチン不足が報じられるようになると、欧州委員会の交渉や計画に対する批判が高まり、今年2月初旬にはフォン・デア・ライエン委員長が非を認めるに至った。同氏によると、効果的なワクチン開発ばかりに気を取られ、大量生産の問題を軽視していたという。実際、最近になって、サプライチェーンの問題が世界中で起きている。

 スマートフォンは、小売市場に出るまでの製造過程で100回国境を越えると言われるが、同様にハイテク薬剤の大量生産も、一国の国内だけでは調達できない特殊な物資や設備、質の高いサービスを提供する無数の企業に依存している。アメリカのような大国にもこの教訓はあてはまる。ファイザーが真っ先にワクチンを開発できたのは、ドイツのビオンテックの協力があったからにほかならない。

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