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Wedge OPINION

2021年9月17日

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中西輝政 (なかにし・てるまさ)

京都大学名誉教授

英ケンブリッジ大学歴史学部大学院修了。専門は国際政治学、国際関係史。著書に『帝国としての中国―覇権の論理と現実』(東洋経済新報社)、『大英帝国衰亡史』(PHP研究所)など。

 また明治維新から45年8月の終戦までおよそ80年。その後の「戦後」と言われる時代もほぼ80年近くなる。そして奇しくも、世界は今、新型コロナウイルス感染症による大混乱に加えて、急速に台頭する隣国・中国の世界史的な浮上、そして、米中対立の激化といった大きな変化の時代、すなわち世界と日本は今、掛け値なしの「分水嶺」の時代に入っているのである。

危機の時代に必要な
司令塔の一元化

 この大きな歴史の転換点にあるとき、日本が進むべき道をしっかりと見定めるには、まずもって歴史の教訓を真摯に、そして謙虚に学び直す必要があることは論を俟たない。

 しかし、この約1年半、コロナ禍への対応や中国の台頭による世界秩序の変動に直面している日本自身の危機認識を見るにつけ、今ようやく私は「日本はなぜ、あの戦争に負けたのか」「なぜ、この国はあのような戦争に突入せざるを得なかったのか」ということについて理解できた気がするのである。いや「心底理解できた」と言ったほうが正確かもしれない。

 現代日本はまさに、歴史上繰り返される危機対応の脆さや、日本が不調に陥る時の典型的なパターンが表れる事態に直面している。太平洋戦争や平成の「バブル崩壊」、そして令和の「コロナ(あるいはワクチン)敗戦」を教訓にするならば、共通する問題として以下の特徴を挙げることができよう。

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Wedge 2021年9月号より
真珠湾攻撃から80年
真珠湾攻撃から80年

80年前の1941年、日本は太平洋戦争へと突入した。
当時の軍部の意思決定、情報や兵站を軽視する姿勢、メディアが果たした役割を紐解くと、令和の日本と二重写しになる。
国家の〝漂流〟が続く今だからこそ昭和史から学び、日本の明日を拓くときだ。

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