Wedge OPINION

2021年9月17日

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中西輝政 (なかにし・てるまさ)

京都大学名誉教授

英ケンブリッジ大学歴史学部大学院修了。専門は国際政治学、国際関係史。著書に『帝国としての中国―覇権の論理と現実』(東洋経済新報社)、『大英帝国衰亡史』(PHP研究所)など。

「Wedge」2021年9月号に掲載され、好評を博した特集記事の内容を一部、限定公開いたします。全文は、末尾のリンク先(Wedge Online Premium)にてご購入ください。

 いま、日本中に「○○敗戦」の文字が溢れている。いわく、「ワクチン敗戦」、「コロナ敗戦」、「デジタル敗戦」、「半導体敗戦」等々。考えてみれば、平成の時代を通じ、我々は「経済敗戦」とか「第二の敗戦」という言葉をずっと聞かされてきた。あるいは「3・11」、つまり東日本大震災と福島第一原子力発電所事故への危機対応も、「敗戦」の一つとしてしばしば言及される。

 もう、いいかげんにしてくれ、とも言いたくなるが、翻って考えると、「敗戦」について考えることほど〝役に立つ学校〟はない、とも言われる。つまり「敗戦」の真摯な探究は自らを一層高め、敗北を克服する道につながるからである。ただ、その時に一方的に自身の欠点を責め、負の心理回路に陥ることは禁物である。

コロナ禍の対応で「日本はなぜ、あの戦争に負けたのか」を心底理解できたと語る中西輝政氏

 第一、この日本という国は客観的に見ても、まだまだ大きな潜在力と可能性を宿しており、そうした根本的な自信を持って、「失敗の本質」を探ることが大切なのである。有名な野球監督が繰り返し口にしていたように、「勝ちに不思議の勝ちあり。(しかれども)負けに不思議の負けなし」ともいう。すなわち、「まぐれ勝ち」ということはあるが、敗因はつねに「自らの欠陥のなせる業」ということだ。

 おそらく日露戦争は前者の例であり、太平洋戦争は後者、それも最大の例と言うべきだろう。となると、日本にとっての「最大の敗戦」、つまり昭和のあの大戦について、この機会にもう一度、深く考えておくことは、この国の将来の展望を切り拓く上でつねに大切な営みとなりうる。

 時あたかも、今再びこの国は大きな歴史の「分水嶺」を迎えつつあるように見える。そのことはまず、時間的なスパンにおいても当てはまる。

 たとえばあの戦争は、ちょうど80年前の1941年12月8日、ハワイ・オアフ島に停泊する米国太平洋艦隊に日本海軍の攻撃機が奇襲を仕掛けたことでその「最大の敗戦」が始まった。

「真珠湾攻撃」である。

80年前、日本軍はこの真珠湾を攻撃し、太平洋戦争の火蓋が切られた (SPHRANER/GETTYIMAGES)

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