2022年11月29日(火)

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2021年11月8日

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磯部 靖 (いそべ・やすし)

慶應義塾大学法学部教授

1968年東京都生まれ。92年慶應義塾大学文学部卒。98年慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学・博士(法学)。慶應義塾大学法学部准教授などを経て現職。専門は現代中国政治。主要著書に『現代中国の中央・地方関係―広東省における地方分権と省指導者』(慶應義塾大学出版会、2008年)、『中国 統治のジレンマ―中央・地方関係の変容と未完の再集権』(同、2019年)など
 

福祉制度の課題
低い農民工の保険加入率

 まず、中国が抱える長期的かつ大きな課題として、少子高齢化と経済格差がある。これらが克服すべき重要な問題であるということは、全国人民代表大会での李克強首相による政府活動報告や中国共産党中央委員会総会のコミュニケなどでも明文化されている。

 いわゆる「一人っ子政策」のような産児制限は〝権力〟によって強制することは可能であるものの、一方で現在の中国では少子高齢化が大きな社会問題となりつつある。人口減少や少子高齢化は国力の衰退にも結びつくだけに、中国当局は2016年に「一人っ子政策」を廃止した。

 しかし、かつてとは社会の状況や人々の意識が変化したこともあり、出生数の急激な増加には結びついてはおらず、今年に入って3人目の出産も容認する政策に舵を切ることになった。いくら中国共産党が強大な〝権力〟を有していようとも、さすがに人々に子供を産むことまで強制することはできない。

 この問題の解決には、年々高騰し今では大都市で私立学校や学習塾に通わせ各種の習い事もさせた場合、平均年収の2倍ほどにも及ぶという教育費用、そして脆弱な社会保障制度の拡充など一筋縄ではいかない課題に取り組んでいくことが必要不可欠である。

 1990年代に市場経済への転換が行われるまで、役所、工場、学校など「単位」と呼ばれる所属先は就業の場であるとともに生活の場でもあった。かつて「単位」は従業員に住居はもとより教育さらには社会保障も提供していた。ところが市場経済化により「単位」は経済効率を求められて不採算部門は切り離され、それまで「単位」が担っていた社会保障の機能を社会全体で構築する必要に迫られることになった。

 しかしながら、広大な国土を有し経済力が異なる多くの地方を抱える中国において、全国一律の社会保障制度を実現するのは容易なことではない。社会保障を主として担う地方政府の経済力には大きな格差がある。また、農村戸籍を持ち、都市で製造や建築、飲食業などの単純労働に就く「農民工」と呼ばれる出稼ぎ農民に代表される膨大な数の流動人口に対し、充実した社会保障を提供するのは至難の業である。

 実際のところ、「農民工」の年金、医療保険、労災保険への加入率は高くない。その背景には、保険の管理が地方ごとに分断されているため、地域間を移動して仕事に従事することが多い「農民工」にとって途中解約を余儀なくされる年金や保険への加入のインセンティブが低いとも指摘されている。

 こうしたことから今年の全国人民代表大会における政府活動報告でも、社会保障制度の拡充や「農民工」への待遇改善の必要性が強調されている。なぜならば、都市部に数億人単位で滞留する「農民工」たちに十分な社会保障を提供できないとなると、社会不安や治安の悪化の要因となりかねないからである。ただ、同様の訴えかけが毎年のように行われているということは、この問題が克服困難な積年の課題であることを示している。

 もちろん、中国の社会保障制度が全く機能していないわけではなく、実際のところ90年代からの模索を経て着実に改善してきているといえる。ただし、社会保障制度を担っている地方政府には経済的に困難を抱えているところも少なくなく、職員の給与さえ遅配しがちなケースもある。

 例えば、改革開放の突破口となった深圳をはじめとする経済特区を複数擁し、経済的に発展したイメージの強い広東省であっても、山間部や少数民族地域の経済は立ち遅れており、省内での格差は大きい。

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