2024年4月19日(金)

近現代史ブックレビュー

2021年11月17日

太平洋の陸や海から聞こえる怨嗟の声

 こうした中、そのような不可能な命令をやらせ続けたのは参謀クラスによくいた「気魄誇示屋」たちだった。「気魄」の演技で弱気の人間たちを追い込み、しゃにむに不可能な命令を聞かせ主導権を握っていくのである。どこの部隊にも司令部にも必ずいてそれが「敵にどう対処するか以上の、やっかいきわまる問題だった」。「いったい、こういう人たちが常に保持しつづけ得た〝力〟の謎は何であろうか。それは一言でいえば、ある種の虚構の世界に人びとを導き入れ、それを現実だと信じ込ませる不思議な演出力である。そしてその演出力を可能にしているものが(中略)〝気魄〟という奇妙な言葉である」。

 現実には不可能な何かを絶対化し、反論を許さずそれを押しつけて来る「気魄誇示屋」は今日も多い。

「『戦闘機の援護なく戦艦を出撃させてはならない』と言いつつ、なぜ戦艦大和を出撃させたのか。『相手の重砲群の破滅しない限り突撃をさせてはならない、それでは墓穴にとびこむだけだ』と言いつつ、なぜ裸戦車を突入させたのか。『砲兵は測地に基づく統一使用で集中的に活用しなければ無力である』と口がすっぱくなるほど言っておいて、なぜ、観測機材を失い、砲弾をろくに持てぬ砲兵に、人力曳行で三百キロの転進を命じたのか。地獄の行進に耐え抜いて現地に到達したとて「無力」ではないか。無力と自ら断言した、無力にきまっているそのことを、なぜ、やらせた」。

 太平洋の陸や海の屍から聞こえてくるこうした怨嗟の声は次の帝国陸軍の総括を導く。

「帝国陸軍は、『陛下のために死ぬ』こと、すなわち『生きながら自らを死者と規定する』ことにより、(中略)『死者の特権』を手に入れ、それによって生者を絶対的に支配し得た集団であった」

「言うまでもなくそれはタテマエであり、実態は「生きながら死者の籍に入って責任を免除され、かつ死者の特権は手に入れる」か「入れようとした」者が多かった」

「帝国陸軍の暗い支配力の背後にあったものは、この『死の支配力』であった。それは集団自殺の組織にも似て、それに組み込まれた者が、その中心にあって、すでに死者の位置に自らを置いている者の支配から逃れられない状態に、よく似た状態といえる」。

「それは、一億玉砕というスローガンに表れ、住民七千を強制的に道連れにしたに等しいマニラ防衛隊二万の最後に現実に表れ、沖縄にも表れ、それらの状態はすべて、本土決戦のありさまを予想させていた」

「この「死の臨在」による生者への絶対的支配という思想は、日本陸軍の生まれる以前から、日本の思想の中に根強く流れており」「今日でも死者・犠牲者を絶対化した『「死の臨在」による生者への絶対的支配』を行うものがあるとすれば、私たちは同じ思考の中に生かされているのである」。

 書かれた当時の時事的出来事についての部分は今日からはピンとこないところがあるがこれらは飛ばして読んでもよいだろう。また、1940年代後半の体験に基づく分析だから末期のそれという認識をおさえておく必要はあるが、太平洋戦争と日本軍について知ろうとすればまず何より先に読まれるべき書物はこれである。

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■日常から国家まで 今日はあなたが狙われる
Part1 国民生活から国家までを揺さぶるサイバー空間の闇
山田敏弘(国際ジャーナリスト)
InterviEw1 コロナ感染と相似形 生活インフラを脅かすIoT攻撃
吉岡克成(横浜国立大学大学院環境情報研究院・先端科学高等研究院准教授)
coLumn1 企業を守る手段の一つ リスクに備える「サイバー保険」 編集部
Part2 主戦場となるサイバー空間 〝専守防衛〟では日本を守れない
大澤 淳(中曽根康弘世界平和研究所主任研究員)
Part3 モサド元高官からの警告 「脅威インテリジェンス」を持て
ハイム・トメル(元モサド・インテリジェンス部門トップ)
Part4 狙われる海底ケーブル 中国サイバー部隊はこう攻撃する
山崎文明(情報安全保障研究所首席研究員)
Part5 〝国家〟に狙われる日本企業 経営層の意識変革は待ったなし
川口貴久(東京海上ディーアールビジネスリスク本部主席研究員)
coLumn2 不足するサイバー人材 「総合力」で企業を守れ  編集部
InterviEw2 「公共空間化」するネット空間 国民を守るために必要な機関
中谷 昇(Zホールディングス常務執行役員GCTSO)

   
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日常から国家まで 今日はあなたが狙われる
日常から国家まで 今日はあなたが狙われる

いまやすべての人間と国家が、サイバー攻撃の対象となっている。国境のないネット空間で、日々ハッカーたちが蠢き、さまざまな手で忍び寄る。その背後には誰がいるのか。彼らの狙いは何か。その影響はどこまで拡がるのか─。われわれが日々使うデバイスから、企業の情報・技術管理、そして国家の安全保障へ。すべてが繋がる便利な時代に、国を揺るがす脅威もまた、すべてに繋がっている。


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