国境なきサイバー犯罪
遅れるインテリジェンス
──警察庁は22年度より組織改正を行い、サイバー局を新設する。全国から捜査員を集め、「サイバー直轄隊(仮称)」を発足させる。この動きをどう見るか。
中谷 世界の中でようやくスタートラインに立ったという印象だ。サイバー捜査において国の捜査機関に直接の法執行権限がないのは日本くらいだ。
インターポール時代も、各国から日本に捜査の要請があっても、警察庁に直接特定の捜査をしてもらうことは法律上できなかった。東京都の案件であれば警察庁を通じて実際の捜査活動を行う警視庁に依頼することになる。しかし、インターポールからすれば警視庁は東京都を管轄する「地方」政府の警察機関の位置づけだ。各国の中央政府の警察機関が一元的に機動性を持つ中で、日本だけ中央政府レベルでは捜査に直接かつ迅速に対応できずにいて、当時はもどかしい思いをした。
サイバー局にとっては、捜査に資する情報を各国と共有することが重要になる。従来、各警察は自署の管轄内の犯罪組織を定点観測すればよかったが、「県境」のないサイバー犯罪は違う。今後その脅威はますます高まるだろう。
ネット上での通信傍受などは通信の秘密との兼ね合いで実施が難しい問題ではあるが、犯罪のフェーズが変わっていく中で民主主義を守るためにも他国の例を参考にしながら議論をしていくのが不可欠である。ファイブ・アイズ諸国との緊密な連携を求めるのであれば、国の警察組織がこうしたことができないと話が始まらない。
──インターポールでの経験から、サイバー犯罪の捜査や国を守るために、日本に欠けているものは何と考えるか。
中谷 日本版NSA(米国家安全保障局)のようなシグナル・インテリジェンス(通信を傍受し分析する)機関の存在だ。米国のNSAは米国の重要インフラを守るために必要な通信を傍受し、経済社会、国民生活に影響を及ぼすサイバー攻撃に対するモニタリングを行い、関係機関に悪意のある通信を「actionable intelligence」として提供している。
現状、日本ではNSAのような形でのインテリジェンス活動は法律上できない。その前段階での情報収集、分析はできてきているように思うが、サイバー空間と実空間が融合したデジタル社会ではそれでは十分とはいえない。
また、集めた情報を使う能力の強化も必要なので、公共化空間たるネットの世界で国民を守るには、官民で連携し、有事の際にどう対応するのか。例えば企業が狙われた際、どういった形でどこまで公表し、国としてその検証を誰がどう行うのか。こうしたことを、平時の際にこそ検討すべきだ。
ネットの情報は、今や人間を壊す「武器」にもなり得る。子どもたちもSNSを利用する頻度が増えている。こうした日常において、国民の安全を守るための機関の必要性の議論が欠けている。中国のように法制度で強制的に抑え込むのではなく、国民一人ひとりが考えて、意見を発し、国が決断することが、今求められている。
いまやすべての人間と国家が、サイバー攻撃の対象となっている。国境のないネット空間で、日々ハッカーたちが蠢き、さまざまな手で忍び寄る。その背後には誰がいるのか。彼らの狙いは何か。その影響はどこまで拡がるのか─。われわれが日々使うデバイスから、企業の情報・技術管理、そして国家の安全保障へ。すべてが繋がる便利な時代に、国を揺るがす脅威もまた、すべてに繋がっている。
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