2024年12月26日(木)

Wedge SPECIAL REPORT

2021年11月29日

 中谷昇氏は、警察庁でサイバー犯罪対策に従事後、国際警察協力機関であるインターポールのサイバー犯罪対策組織の初代総局長を務めた。個人から国家まで、ネット空間の脅威にさらされる今、われわれはどのような点を認識すべきかを聞いた。
聞き手/構成・編集部(濱崎陽平)
 
 
中谷 昇 Noboru Nakatani 
Zホールディングス常務執行役員GCTSO
1993年警察庁入庁、情報技術犯罪対策課課長補佐などを歴任。2007年、国際刑事警察機構(インターポール)にて経済ハイテク犯罪課長、情報システム・技術局長を歴任。12年にインターポールのサイバー犯罪対策組織IGCI(INTERPOL Global Complex for Innovation)の初代総局長に就任。19年4月よりヤフー執行役員。

編集部(以下、──)サイバーセキュリティーの第一線を歩んできた立場から、ネット空間における変化をどう感じるか。人々のセキュリティー意識は高まっているのか。

中谷 最近強く感じるのは、ネット空間がますます実社会と融合して「公共空間化」している点だ。インターネットの世界は、当初は一部の人間だけが使うクローズな世界を前提に発展したが、今やそのスケールは圧倒的に広がり、個人の行動が直接的に軍事の世界にもつながっていく。『スマホを落としただけなのに』という映画があったが、まさに個人の1回の操作や過ちが、想像もしない行為につながる次元にいる。

 例えば犯罪の件数にもそれが表れている。日本における2002年の刑法犯の認知件数(警察が把握した犯罪の件数)は約285万件だった。20年の検挙数は新型コロナウイルスの影響で人々が外出を控えたこともあり、約61万件と約8割も減少している。

 一方でサイバー犯罪は増加している(編集部注・検挙数で見ると02年の約1600件から20年の約9800件と6倍に増加)。サイバー犯罪の被害はなかなか申告されにくい点を考慮すれば、もっと多くの犯罪が起きているだろう。犯罪の温床がサイバー空間へと拡大し、日々の生活の中に溶け込んでいる。

 こうした変化自体は、多くの人が当たり前のように感じているだろうが、実際のセキュリティーへの感度は、残念ながら人や企業によって温度差がある。変化を本質的に理解しているかどうかだ。企業でいえば、平時はその利便性ばかりを追求するが、有事の際に安心できる環境を構築できているだろうか。

──ネット空間ではウイルスの脅威が常にある。感染症のように、〝ワクチン〟を打つ必要があるが、具体的には何が求められているのか。

中谷 セキュリティーソフトを導入するなどの措置は必要だが、あくまでそれは予防策にすぎない。新型コロナウイルス同様に、サイバーウイルスも変異種が出続け、終わりがない。「ウィズ・ウイルス」の世界にいることを認識し、感染した場合にすぐ対応することや、企業であれば速やかに公表するといった、全体の対応の「ビジョン」が必要だ。これも新型コロナと同様かもしれない。

 ネット空間にはウイルスだけではなく、今やフェイクニュースというか、ディスインフォメーション(意図的に大衆を欺くことを目的とした、虚偽または誤解を招く情報)も溢れている。誤った情報に触れ続けることで、人間の正常な判断は支障をきたす。それが集団になれば、公共空間化されたネットの世界を通し、民主主義のあり方にも影響するだろう。スマホやパソコンなどの機器から人間の脳にまで、影響が及ぶことを強く警戒しなければならない。


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