2024年11月22日(金)

勝負の分かれ目

2021年12月7日

 ただ、この高橋選手の急成長に関しては首脳陣からの技術や精神面におけるアドバイスもさることながら、高津監督が実は舞台裏で徹底した〝見えにくい情報統制〟を敷いていたことも触れておかなければいけない。

 今季6月から高橋選手が一軍に昇格すると、チーム側からメディアに対し「家族のエピソードには触れないように」という趣旨のお達しが暗に伝えられた。声の主は他ならぬ高津監督だった。

 高橋選手は今年1月、元AKB48で人気タレントの板野友美さんと結婚しており、メディア側からすれば格好のネタだ。しかしながら指揮官は未完のままの高橋選手がロクに結果を出していないにもかかわらず、妻にばかり注目が集まってしまうことで最も大事なプレーに支障をきたすことを嫌い、あえて異例のメディアコントロールに踏み切った。

 CSファイナルSの第2戦で巨人相手に勝利投手となった高橋選手は本拠地・神宮球場でヒーローインタビューに登壇。その際にスタンドから見守っていた妻の話題について禁を破る形で民放局のインタビュアーから振られてしまうハプニングがあったが、後に同民放関係者が球団側からこっぴどくカミナリを落とされたのは当然の流れだったと言える。いずれにせよ、高津監督の〝配慮〟は高橋選手にとって野球に集中する環境を作り出すことになり、本来の力を引き出す結果につながった。

 「本当に僕たち選手のことをいつも一番に考えてくださっている。素晴らしい監督」とは高橋選手本人の弁だ。

日本シリーズに見せた〝配慮〟

 日本シリーズでは守護神のスコット・マクガフ選手への〝不変の信頼〟もキラ星のごとく輝いた。レギュラーシーズンで31セーブを記録した鉄腕が第1戦で猛牛打線につかまり2点のリードを守り切れず逆転サヨナラ負けを喫し、第5戦も勝ち越し弾を浴びて2度負け投手になった。

 それでも高津監督は第6戦でも1―1の10回裏二死からマウンドへ送り、勝ち越した直後の12回裏までレギュラーシーズン中にもなかったイニングまたぎの末に2回3分の1を投げ切らせ、胴上げ投手にさせた。

 高津監督を現役時代から深く知るヤクルトの古参OBは「開幕前はたとえ最下位脱出は果たせても今年もBクラスだろうと身勝手に予想していたが、完全な節穴だった」と頭を下げ、次のように続けた。

 「並の監督ならば日本シリーズの大舞台において、あのような采配はまずできない。打たれた翌日の第6戦では、まず怖くてマクガフ選手を使えないと躊躇してしまう。それに加え、どうしても日本人選手と違って外国人選手は心を読みづらい。だが、あの試合ではマクガフ選手ともレギュラーシーズン中から常に深いコミュニケーションをとっていた高津監督が本人の強い意欲と心意気を買って心中を決意し、最高の幕切れに仕立て上げた。高橋君にまつわるメディアへの情報統制の一件もそうだが、やはり選手心理を分かり切っている高津監督だからこそ成し得た起用法やチーム方針が今季は大きな成果に結びついたということであろう」

野村ID野球に加えた選手の心をつかむコミュニケーション

 故・野村克也氏の監督時代、現役当時の高津監督はヤクルトで守護神としてチームの黄金期を担いながら「野村ID野球」のノウハウも叩き込まれた。ミーティングを重ねてデータ分析による相手の攻略と選手個々のレベルアップを目指すIDスタイルは高津政権の下でも実際に踏襲されている。

 さる日本シリーズでも松元ユウイチ打撃コーチや森岡良介内野守備走塁コーチら若いスタッフがベンチ付近で試合中、データファイルを片手に選手たちへ要所で指示を送っていたのは高津監督が今もチームで継続させている「ID野球」の象徴的なシーンと言えるだろう。

 一方で前出のヤクルト古参OBは、こうも補足する。

 「高津監督は従来のID野球に加え、選手たちとコミュニケーションを深めることで個々の特徴や性格をつかみ、それを采配や起用法に反映させる独自の方向性を作り上げた。〝高津流ID〟もしくは〝ネオID〟と呼んでいいかもしれない」


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