冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2021年12月6日

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冷泉彰彦 (れいぜい・あきひこ)

作家・ジャーナリスト

ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『「反米」日本の正体』(文春新書)など。メールマガジンJMM、Newsweek日本版公式ブログ連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

 日本の経済界では、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」というスローガンが叫ばれ続けている。トランスフォーメーションとは「移行」ということであり、いくら「DX」という語感の良い短縮形にしても、多くの日本企業が「アナログからデジタルへの移行」を続けている、つまり「移行が完了していない」という厳しい現実を象徴していると言わざるを得ない。

(metamorworks/gettyimages)

 どうして日本ではDXの展開に遅れが出ているのか? 米国在住の私としては非常な危機感を覚える。

 もちろん、多くの日本企業がその基幹業務について、紙と手書きのアナログ業務を続けているわけではない。何らかのデジタル化は進んでいるものの、成功していないということだ。どうして成功していないのかというと、DXの目的の理解がブレているということにある。

DXで果たすべき2つの目標に苦しむ経営者たち

 DXの目的とは極めてシンプルだ。

「デジタル化により、業務効率が改善し、費用の削減になるということ」

「デジタル化により、業務の付加価値が改善する。社内業務でも、対顧客の業務でも、サービスの迅速化や、提供の質の向上を実現すること」

 この2つだ。この2つが両立するのが正しく、そうでないDXは誤りであり失敗である。DXにより素晴らしいユーザーインターフェース(UI)を実現して、社会的評価を得ても、その運用に多額のコストがかかるようではダメだ。デジタルとは、効率とパフォーマンスを同時に向上させる業務改善の決定打であり、「デジタルのためのデジタル」であってはならない。

 もちろん、現在の日本の経営者の大多数は、このことは十分に理解している。けれども、現時点では多くの企業が、DXによる効率化とパフォーマンスの向上を達成できずに苦しんでいる。それどころか、ベンダーとの関係に苦しみ、システムのレガシー化に苦しみ、現状の業務体制を安定的に回すことにすら不安を抱えている経営者も多い。

海外と単純比較できないものの……

 世界に目を転じると、米国だけでなく、欧州連合(EU)諸国にしても、東アジア、東南アジア、そしてインドといった各地域にしても、DXによる業務改善をどんどん加速させている。このままでは、日本経済の競争力が更に低下してしまう。

 だが、米国における成功事例を単純に紹介することはしたくない。米国には学ぶべき事例は数多くあるのは事実だが、そのまま日本に適用できるケースは極めて限られるからだ。何よりも、DXで先行している米国では、IT技術者だけでなく、DXの使い手である現場も、そして消費者もデジタル慣れしている面がある。

 また、Eコマースの前史として巨大な通販産業があったし、キャッシュレスということでは、小切手とクレジットカードによるアナログなキャッシュレス文化が既にあったなど、ビジネスの風土に根ざした問題もある。こうした前提を無視して、アメリカの個々の事例を紹介しても、それは日本の現場にとって参考にしていただける情報にはならないだろう。

 今回、私が問題にしたいのは、このような「風土」、つまり取引慣行や制度に関する問題である。現在の日本の問題は、個々の企業の努力で何とかなる段階ではないと思うからだ。2点、問題提起をしたい。

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