2022年11月30日(水)

立花聡の「世界ビジネス見聞録」

2021年12月19日

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立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

――社員だった人も個人事業主になった時点で、主体性や自律性が上がります。本能的に生産性を意識するようになります。本能的というのは、熱い鉄板に指が触れた瞬間に、アチッと瞬時に反応するような感覚です。そういう感覚で生産性を意識するようになる、そんな実感はあるのでしょうか。

谷田 一般的に言えば、自分事に捉えると人生で自分が主人公ですから、深く考えるべきなんです。そのような部分を他人に委ねているところが多いのが社員で、自分でかじ取りしようとするのは個人事業主です。お金が絡んでくる分、やはり個人事業主のほうがもっと敏感になるはずですね。

手取りは増加しても、企業負担は抑えられる

――「改善だけでなく、組織のあり方そのものの根本的な見直し」という正論(Right thing)を力強く、谷田社長が訴えました。しかし、正論は分かっていても、いざ実行となるとなかなかできないものです。それは日本社会が「空気」の支配を受けているからだと思います。いくら正論であっても、空気ができていないと、実行は難しい。

 タニタという会社では、正論を打ち出したうえで、社長が実行に移しました。その決め手とは何だったんでしょうか。

谷田 一言でいうと、危機感だったと思います。差し迫った危機が目の前にあるわけではないのですが、シナリオは描いていました。会社が危機的な状況になった場合、その時に実力のある社員に「すみませんが、私と一緒に会社を立て直しましょう。そうじゃないと、会社がつぶれます」とお願いする。

 実力のある社員たちは、会社へのロイヤリティーも高いとは思いますが、しかし、その社員たちも、家族と生活があります。家族の都合や意思もあって、どうしても会社を辞めるとなれば、それを止められません。

 そのような2割の人で会社が回っているのですから、今まで払ってきた社会保険料やら福利やら、源泉徴収されていたものを、ドーンと積み上げて彼たちに渡したら、その分、独立の軍資金にもなります。

 その発想があって、なら雇わなくてもいいじゃないかと思うようになりました。たまたま、うちは小さな組織なので、改革がしやすいというか、私の一存ではじめたわけです。気がついたら、やってしまったと、そういう背景でした。

 たとえば2017年に個人事業主に転じた第1期のメンバーの場合、2016年と比べて手元現金の増加率は平均でプラス28.6%となりました。これに対し、会社の負担総額は前年比1.4%の増加にとどまっています。

――要するに従来の日本型組織の「メンバーシップ型」から欧米流の「ジョブ型」に変わることですよね。

 しかし一方、長い歴史からできた日本固有の慣習や意識、あるいは文化、そういった部分もあります。「社員」か「個人事業主」か、という二択を目の前にして、思い切った決断はできるのかという現実問題があります。戸惑い、場合によっては抵抗があってもおかしくない。

 そこで私が思うのは、「A or B」の二択ではなく、「A and B」のような方向性はないものか。中間地点になるようなニュートラル、言い方を変えると、「踊り場」的な装置があってもいいんじゃないかと。たとえば、バーチャル的な制度のもとで、社員の身分を持ちながら個人事業主の試し運用、みたいなイメージです。

 バーチャルなテスト運用で、自信がついたら、社員をやめて本格的に個人事業主に切り替える。どうも、自分に合わないと思ったら、社員モードに戻ればいい。あるいは、社員身分のまま個人事業主モードでやるとか。イメージとしては、いかがでしょうか。

谷田 A and B のお話ですと、組織としてはAとBの両方がやれるようになっています。中間地点、踊り場については、実は法律改正を待っているんです。今のところ、そうしたAとBのところを出たり入ったりすることは、どうも弁護士から聞いたところでは、なかなか難しいようです。

急な舵の切り方ではなかったのか

 戦後高度経済成長を背景に、労使利益が一致した日本独自の雇用関係、そしてそれを土台にした終身雇用制が生まれた。

 しかし、時代がすっかり変わった。もはや企業には、日本的なメンバーシップ型雇用関係の存続ができなくなった。双方利益の一致性を維持するために、タニタは一気に個人事業主という取引関係に飛躍した。その合理性(唯一性)はあったのだろうか。もう少し丁寧に吟味する必要があったのではないだろうか。

 戦後の日本では、新卒の一斉採用から各社は独自の社内教育を施し、社員には自社にしか通用しないスキルを身につけさせてきた。そのうえ、内部労働市場のメカニズムよりも、むしろ人事部の異動辞令によってあちこち社内の仕事を経験させたところ、社員は世間一般、社外にある外部労働市場の競争、サバイバルの試練に晒されることはない。そんな無菌状態に置かれてきた大方の社員には、「明日から事業主になる」という選択肢はいささか唐突に見えたりはしないだろうか。(後編に続く)

  
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