立花聡の「世界ビジネス見聞録」

2020年10月9日

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立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

 経団連の中西宏明会長は10月5日、オンラインの記者会見で、米トランプ大統領が新型コロナウイルスに感染したことについて、「正直にいって、ちょっと不注意ではないか。ある意味、典型的な自業自得だ」との見解を示した。かくも重責を背負い日本を代表する経営者としては品位に欠け、あり得ない軽率な発言と言わざるを得ない。

 とはいえ、決して品位という次元で掘り下げて批判するつもりもなければ、中西氏個人の政治的立場やイデオロギー、政治家に対する好嫌傾向を論じる立場にもない。むしろ、経営・ビジネスの観点から、米中新冷戦という「ニューノーマル」に直面し、日本人経営者・ビジネスパーソンはどのような目線をもつべきかという命題をめぐって、少し展開してみたい。

(MassimoVernicesole/gettyimages)

苦労して作り上げた中国との関係を切っていいのか?

 米国が主導する対中デカップリング(分断・棲み分け)に日本は果たしてどんな姿勢を示せばいいのか。日本国内でも見解が分かれている。まず、中国とは隣国として可能な限り仲よくしようという意見がある。歴史的に日中間のビジネスパートナーシップを築き上げるには長い年月がかかったことから、大切にしようという主張は、埋没コストの概念に基づいている。過去の事業に投下した資金・労力はドブに捨てるべきではない。

 しかし、そこから「中国と可能な限り仲よくしよう」という結論をたやすく導き出せるのか。目的と手段の倒錯があってはならない。そもそも、中国と仲良くすることが目的なのか、手段なのか。仲良くすれば、必ず日本の長期的利益につながるのか。日本の長期的利益のために、仲良くするのが適正かつ唯一の手段なのか。このように複眼的に検証する必要があるのではないだろうか。

米中のどちらを選ぶべきか?その選び方とは?

 次に、対米関係。仮説として、米中のどちら側につくかを選ばなければならないとき、その選択の基準とは何か、どのように選択するのか。

 高いか安いか、という「量」の判断基準が先行する世の中である。「安くて良い」製品を求めて何が悪いのか。経済的利益への追求は、資本主義の永久不変の法則。ただ1つの問いが常に付きまとう――「安いものはなぜ安いのか」。中国からの調達が安い。多くの国の多くの企業が中国に投資して基地を作ったり貿易をしたり調達を行う。

 こうして長年の取引を積み上げた結果、産業集積やサプライチェーン(供給網)ができた。これらは「長い年月かけて築き上げたビジネス基盤」に当たる。今さら、代替サプライチェーンの構築は困難だ。なぜならせっかく作り上げたものを捨てて別途立ち上げるには、余分なコストがかかるからだ。資本主義制度下の経済原理や法則に照らして合理性に欠ける。コスト削減、経済的利益の最大化のためにも中国にとどまった方がよい。それはその通りだが、「安いものはなぜ安いのか」という問いに答えていない。この問いに目を向けてみよう。

 第1に、知財権の侵害問題。研究開発には莫大な投資が必要だ。他人の知財を盗んでそのまま使えば、大きな投資コストが削減できる。すると、売値も安くなり、競争力が強くなる。場合によっては世界市場の制覇にまで至る。単純な経済原理や法則で安い商品を買って何が悪いかといったらそこまでだが、ルール違反や犯罪の手助けになっていいのだろうか。

 第2に、国家補助・不正競争の問題。ブラックな知財権問題を抱える安売りだけではない。世界市場を手中にするため、国家がさらに金(補助)を出して特定の企業を支援する。資本主義の市場メカニズムなら原価割れの廉売はできない。企業が潰れるから。しかし、国家が裏にあってバックアップすれば、そんな心配はない。不当な廉価設定はいくらでもできる。安いものが売れるわけだから、市場の独占も可能になる。一旦市場を独占すれば、やりたい放題だ。これは到底公正な市場競争とはいえない。資本主義の原理に逆らうものである。

 第3に、民主主義毀損の問題。市場独占は商業目的ならまだしも、政治的に悪用すれば、恐ろしい結果になる。SNSや電子取引分野におけるパフォーマンスの拡張は、地球上のいかなる地域にも浸透し、個人情報を意のままに入手する。ビッグデータを悪用して国境を超えて個人の思想信条を監視・統制し、プロパガンダを繰り広げ、洗脳を行い、諸外国の選挙までコントロールする。ここまでくれば、独裁帝国による地球制覇も視野に入り、地球規模の民主主義崩壊につながりかねない。絶対に容認してはならない話だ。

 第4に、労働搾取・人権侵害の問題。最近徐々に露呈し始めたウイグル人の強制労働に外国企業も関与しているという深刻な話。18世紀は、イギリスで産業革命が発展し、綿織物工業が成長した時期だ。この綿織物は、世界市場で飛ぶように売れ、大きな利益が上がり、原料となる綿花の需要が高まった。当時のアメリカ南部は、この綿花生産の一大地域で、プランテーションで400万人の黒人奴隷が労働力として酷使されていた。つまり、綿花経済と産業の発展、そこから生まれた莫大な利益という経済性を支えていたのは、非道な人権侵害だった。アメリカの南北戦争が終わって、奴隷制度が悪として否定され、批判され、廃止された。その後一時的に綿花産業の停滞(生産性、経済性の低下)があったものの、ついに機械化によって産業の再生となった。

「安くて良い製品」をいただけない理由

 私はこうして中国の問題を提起し、「クリーン・サプライチェーン」の必要性を説いた。しかし、私の主張はフェイスブックで反論を受けた――。

 「指摘されたこと(中国の問題点)、1割は当たっているかもしれませんが、味噌もクソもごっちゃ混ぜにされ、イデオロギー戦争にしない方が良いのではないでしょうか。個々の事例のブレイクダウンを積み上げて検証し、その合計値が中国の輸出金額に占める割合が分かって証明できれば話は別ですが。これらの問題はどの程度発生しているか、どのように証明できるのでしょうか?」

 反論者のポイントは、「量」である。量的に容認範囲があって、1割程度なら無視して9割の正常かつ清浄な取引に着目すべきだという論旨だ。いってみえば、「9割の確率で清潔純正な味噌が当たるなら、1割のクソ(ハズレ)はやむを得ない」、つまり1割の被害者を切り捨てるということである。この反論者がもし、自分自身が1割のハズレ組に置かれたら、それでもそのロシアンルーレットのルールに賛同するのだろうか。

 いや、ロシアンルーレットでさえちゃんとしたルールがあるのだが、中国の場合、賭博ルールすら破壊されているのだ。要するに、9割の当たり組のなかに一部の権益層が事前に決まっている。「お前たちは、9割の当たり組に入っているのだから、1割のハズレ組のことを無視しろ」ということだ。

 私の中国留学ビジネススクール時代、「中国経済」科目の担当教授で、現代中国の代表的な経済学者である呉敬璉氏はこう語る。「中国の証券市場はまるで1つの大きな賭博場のようだ。しかも規範化されていない。賭博場でさえルールがある。たとえば、他人のカードを盗み見てはいけない。だが、中国の証券市場は、一部の人たちは他人のカードを見ることができるし、カンニングも詐欺もできる……」

 株式市場は単なる氷山の一角にすぎない。「ルールないのがルール」という運任せだったら、それも公平のうちだが、中国との取引は、ルールメイカーも審判も選手も一体化した試合である。中国は自由民主主義、資本主義下の公平競争ルールをフェードアウトさせ、知らず知らずに不正な独自ルールをフェードインさせようとしていたのである。その本質をトランプが見抜いた。ルールを元通りに戻せと中国に求め、中国がそれを拒否したところで、中国との取引中止、棲み分けを決めたのである。

 だが、誰もがトランプではない。9割の当たり組に入ってさえいればいいという人もいる。そうした意味で中国利権を確保したエスタブリッシュメント層の一部が、トランプを嫌った。我が世の春をぶち壊すなと。中国共産党政権が狙った通りに、彼たちが行動した。

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