2024年12月5日(木)

野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2022年3月2日

「核食」というレッテルで打撃

 16年、政権についた蔡英文総統は当初から解禁への意欲を持っていたが、野党の国民党が、5県食品の問題を積極的に取り上げ、蔡英文政権にプレッシャーをかけてきた。台湾社会では、かねてから食品安全の問題へ関心が高いうえ、東日本大震災のときの放射能汚染に対して、隣接する台湾への影響に懸念も広がった影響が残っていた。

 加えて、台湾で食品安全や環境保護、脱原発に取り組む社会運動グループが非常に強力な民進党の支持基盤であるという「ねじれ」もあり、国民党が民進党を攻撃する材料としては、うってつけのテーマになってしまった。

 そのなかで最大級の打撃を与えたのが「核食」というレッテルであった。「核物質まみれの食料」を連想させる「核食」を輸入解禁していいのか、という問いかけに、台湾の人々は積極的にイエスと言いにくいと感じたのである。

 18年11月に行われた住民投票で、圧倒的多数が輸入解禁反対に一票を投じた。投票から2年間は解禁できない縛りがつく結果となった。ダイレクトに汚染をイメージできる「核食」というキーワードの威力は大きかったとみられている。

「福食」という新語で対抗

 これに対して、住民投票の有効期限が切れた21年以降、民進党側は差別的ニュアンスのある「核食」は好ましくなく、「福食(福島の食品)」という新語に言い換えるべきだとする世論工作を展開する。メディアでも与党寄りや中立的なテレビ・新聞は次第に「核食」を使わなくなくなった。国民党や中国寄りのメディアは「核食」を使い続けたが、全体の使用頻度において「福食」と「核食」との拮抗状態が生まれていった。

 このほど輸入解禁が発表されたあと、各メディアやシンクタンクが行った世論調査では、蔡英文政権に対する満足度や支持率はほとんどの調査で下がることはなく、逆に上昇傾向を見せている。国民党は解禁に対する批判を激しく行ったものの、世論の反響はそれほどなかったわけで、民進党はホッと胸を撫で下ろしただろう。

 「核食」から「福食」への転換を実現したことに加えて、国際的安全基準に照らしても問題がないのに輸入禁止を続けた場合、台湾は貿易法規を無視する国とみなされ、期待をかけている環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)加盟への障害になってしまうとの危機感も根付いていた。

日本発の偽情報が拡散

 意図的に流され続ける福島をめぐる「風評」や「フェイクニュース」も問題の解決を長引かせた理由の一つであり、今回の解禁をめぐる中でも不自然な動きが見られた。


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