台湾のネットのコミュニティーには、同じ中国語が使える利点を利用して、多くの中国系工作用アカウントが活動しており、台湾人を装ってこうしたフェイク情報の拡散に協力していることはすでに公然の事実として知られている。今回の中国人女性の動画も、こうしたネット上のコミュニティーで大きく拡散し、かなりの影響力を持ったようだった。
日本のワクチン支援でも
新型コロナウイルスのワクチンについても、日本から支援として台湾に贈られたアストラゼネカ製ワクチンをめぐるネガティブな情報が広く流された。その際に活用されたのが、日本のジャーナリストらが「台湾で日本のワクチンに批判が広がっている」「日本人も使わない危険なワクチン」といった発言が転載されたのだが、あたかも信頼できる日本の筋が伝えているかのように台湾のネット界で拡散し、民進党政権に打撃を与えようとしたものだった。
台湾内部であれば、情報の発信源がすぐに特定され、偽情報を意図的に発信した場合は処罰を受ける法律もある。そのため、最近では海外での情報発信を転載するような形で、摘発の網をくぐり抜ける手法が活発に用いられている。
前出の中国人女性の動画が政治的意図をもった情報工作かどうか断定はできないが、中国が最近台湾工作において「世論戦」や「心理戦」を駆使したハイブリット戦を仕掛けていることは知られており、台湾側も警戒感を強めている。
民進党の輸入解禁が台湾社会の世論に背いたものであるとの評価が広がれば、中国が応援する国民党が今年11月の統一地方選や24年1月の総統選・立法委員選で有利に戦えることにつながったはずだ。
「福島」めぐる批判強める中国
今回の台湾による食品輸入解禁に対して、中国外務省の趙立堅報道官は「中国側は日本食品の輸入管制を強化し、人民の生命と健康安全を保障してきた。民進党当局が台湾同胞の生命と健康の安全について行っていることについて、多くの台湾同胞の目は曇っていない」と述べ、民進党の輸入解禁を批判している。
だが、中国は習近平国家主席の訪日が取りざたされていた18年には、輸入解禁に向けて日中両政府が作業部会を設置するとのスクープを共同通信が放ったこともあり、福島などの食品輸入は、台湾より中国の方が解禁は先ではないかとの観測が流れたこともあった。
現在、日中関係は米中新冷戦の激化のなかで18年の頃に比べて距離が広がっており、福島原発の処理水放出の問題でも中国政府は韓国政府と共同歩調をとって放出に対する厳しい批判を繰り返している。中国は「福島」問題で日本に圧力をかける方針に転換していると見ることも可能だろう。
台湾の輸入解禁問題は、前述のように世論調査結果を見る限り、蔡英文政権への批判が強まった形跡がなく、世論戦は民進党の勝利に終わったようだ。
しかし、今後別のテーマで同様の情報を駆使した駆け引きが仕掛けられる可能性は高そうで、日台双方で慎重に注視していく必要があるだろう。