2024年11月22日(金)

Wedge REPORT

2022年3月16日

 身近な存在になった時、生々しい感情をぶつけられるというわけだ。また、信頼関係が構築されたヘルパーさんへの感謝が募った高齢者が「遺産を残したい」と言い始め、その家族の間で揉める場合もあるという。利用者の自宅生活に深く関わる訪問介護や訪問看護の立ち位置は、そうした意味でも難しい。

 介護事業者は、何でも頼める神様ではない。「お金を払っているんだから」「家族同様だから」と一線を越えて全体重をかければ、当然相手は潰れる。精神的ダメージ自体もあるだろうが、人間関係の構築というもっとも大事なスキルが報酬の外であることにも原因があると考える。また仮に国の政策などにより今後訪問介護、訪問看護の担い手が増えてきた場合、利用者が「数がいるのだから何を頼んでもいいだろう」と利用者が無理を言い始めることが予想できる。

事業者と利用者が生み出す「正のスパイラル」

 東京都港区にある訪問看護ステーションみなもとの看護師・吉村英敏氏は、丁寧なコミュニケーションが利用者、事業者の共倒れを回避することにつながると説明する。「訪問看護師に対し、緊急性の低い状態でも呼び出しの電話を繰り返すような人もいるが、日頃から親密に連絡をとっていれば、適切な連絡がもらえるようになる。こちらの体調や都合を気遣ってくださる利用者さんも少なくありません」。

 吉村氏は筆者の父を診ていた訪問看護師で、在宅で看取る時にも惜しみなく心を砕き、寄り添ってくれた。父は長い付き合いのあった彼でなくては心を開かなかったし、家族も彼だから安心できた。そうして利用者は、事業者を思いやる。

 事業者に精神的、時間的余裕が生まれる。

 利用者にも丁寧な介護や看護が行き届く。

 この正方向のスパイラルをつくるために『介護リテラシー』は必要であり、これが『いい介護』を生み出す片輪となるのではないか。

 そして、介護の人材不足を補う増員を図る動きが、もうひとつの片輪であって欲しい。「置き換え可能なコマの確保」が目的になってしまうと『いい介護』は生まれない。

 『いい介護』を生み出すためには、利用者、事業者、社会が目線を揃えて協力することが不可避である。これが、単なる等価交換とは異なる〝福祉〟のつくり方の基本だとも言える。理想と現実のすり合わせに時間を要する中、「生きて老いていく当事者」としてあまねく人々がまっすぐ向き合っていくべき課題だと言える。

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