「今は棚に煎餅ばかりが並んでいますが、この比率をどんどん下げていこうと思っているんです」
と松﨑さんは不思議なことを言う。
松﨑煎餅の本店は銀座5丁目にあったが、その移転を決めたのは、新型コロナウイルスの蔓延拡大がきっかけだった。すっかり銀座から客足が遠のき、「このまま体力をすり減らすことになるのならば」と、新しい店に転換する決断をした。
「ここ数年、『煎餅を再定義する』と言ってきたのですが、新型コロナでそろそろ限界を感じていました」
と松﨑さんは語る。
「煎餅を再定義する」とはどういうことか。
煎餅と言えば贈答品だが、歳暮中元などの慣習が薄れ、贈答品の種類も多様化。煎餅の需要自体が頭打ちになりつつある。
もう一度、生活の中に戻ろうと考え、2016年に世田谷の松陰神社通り商店街に支店を出した。「地域密着、原点回帰」をテーマにしたコンセプトストアだ。
松陰神社前店も、棚に煎餅類は並んでいるが、テーブルがいくつも置かれ、カフェになっている。「地域密着」の人々の憩いの場になることを狙ったのだ。
もうひとつ。松﨑煎餅の創業の品である瓦煎餅への「原点回帰」にも力を入れてきた。父の代では、品揃えの95%が米菓で、瓦煎餅は5%以下だったが、今では30%台にまで高めた。看板商品である瓦煎餅『大江戸松﨑 三味胴』には季節ごとに色砂糖で絵付けをする。
「包装を変えることで豪華に見せるという手法がよく取られますが、やはり商品自体の価値でお客様に買っていただきたい。『一枚一枚心を込めて手を抜くな』というのがうちの家訓のようなもの。瓦煎餅だけでなくお客様一人ひとりだったり、全てに対して丁寧に取り組むという意味だと解釈しています」
と松﨑さん。背景には、煎餅の付加価値を少しでも高めたいという思いがあった。
新型コロナで銀座本店の売り上げは激減したが、地域密着の松陰神社前店は巣ごもり効果もあって、順調な売り上げを維持できた。「あの店を出していなかったらと思うと冷や汗が出ます」と松﨑さん。そんなコンセプトストアの成功の上に、本店を移転し、新しい店を作る決断が生まれた。
再定義の次は
再構築を進める
「今度は再定義ではなく、再構築です」
と松﨑さんは言う。
その再構築の一端が本店カフェコーナーのメニューにある「松﨑ろうる」。瓦煎餅の原料の配合を変え、柔らかく焼き上げることで新たな一品を生み出した。ロールの中には、小豆の餡や白玉を挟んである。飲み物は断然コーヒーである。見るからに洋菓子だが、口に入れてみると、確かに瓦煎餅だ。
しかも、餡は銀座の老舗もなか店「ぎんざ空也」の5代目が立ち上げたブランド「空いろ」のものを使う。まさに、銀座の老舗の「新世代コラボ」で生まれた新商品なのだ。今は、店頭でしか食べられない「松﨑ろうる」だが、改良して持ち帰りができるようにする予定だ。