「あの北沢書店がこんな商売を始めたと言って、SNSで心ない誹謗中傷にも遭いました」と話すのは東京・神保町の老舗洋古書店である「北沢書店」の4代目店主、北澤里佳さん。35歳。「KITAZAWA DISPLAY BOOKS」のブランド名で、インテリア・ディスプレイ向けの「洋書」販売を始めた。つまり、読むのが主目的ではなく、装飾品として飾るための洋書を揃えて売り始めたのだ。
北沢書店の創業は1902年(明治35年)。里佳さんの曽祖父が古書の露天販売から身を起こして創業。祖父の代、終戦後に「洋書専門店」として成功、3代目の父に引き継ぐ頃に、今の店舗が入る自社ビルを完成させた。戦後の神保町は数多くの大学・専門学校が立地する学者や学生の街で、大学の研究者向けに学術書を海外から取り寄せる仕事などを担ってきた。一世代前の大学教授ならば、北沢書店の世話になった人は少なくないはずだ。
だが、時代が変わり、オンラインストアなどが全盛になるにつれ、輸入に依存したビジネスモデルは行き詰まり、15年ほど前に新刊書事業を閉鎖。従業員も解雇せざるを得なくなった。それ以降、家族経営で洋古書の専門店として命脈を保ってきたが、図書館がデジタルデータを公開するようになって、洋古書を購入する研究者も少なくなり、いよいよ経営が苦しくなった。店を畳むかどうか、家族会議にもかかるようになって里佳さんは洋古書店を継ぐ決心をする。
「子どもの頃から当たり前に存在した本がなくなると思うと、いても立ってもいられなくなりました」と振り返る。洋古書店を継ぐことなど考えていなかった里佳さんは、アパレルの世界から大転身して古書業界に飛び込んだ。
古書が収められた本棚を前にして改めて気がついたのは、その美しさだった。古い欧米の書籍は装丁が素晴らしく、見ていても飽きない。実は、北沢書店の古書を買いに来る若い女性の中にも、装丁の美しさに惹かれてやってくる人がいることに気がついた。本の中身ではなく、装いの美しさにも魅力があることにハッとしたのだという。
里佳さんは内装を手直しし、照明も変えることで、並んだ洋古書がより美しく見えるように工夫した。シックな装いに変わった店内は、まるでロンドンの学生街の書店にいるかのような佇まいになった。